東野圭吾 51


殺人の門


2003/08/31

 人間の心の闇に潜む殺人衝動。その深層をえぐり出す、衝撃の問題作!

 …と帯に書かれた東野圭吾さんの新刊である。暗い話には違いないのだが、いやはや。読み進むにつれて頬が引きつってきた。おかしさが込み上げてきた。

 裕福な歯科医の息子として生まれた主人公田島和幸。最初の不幸は小学校高学年の頃に始まった。ある噂をきっかけに、崩壊していく田島家。堕落していく父親。あまりにもありがちな転落の図。だが、これは和幸のその後の人生の序章にすぎなかった。そして、読者にとってはその後に待ち受ける笑いの序章にすぎない。

 和幸の人生には、いつも一人の男が付きまとっていた。その男は、和幸がつかの間の安息に浸っていると必ず現れる。そして不幸に襲われる。殺してやる。そこにまた男が現れる。丸め込まれる。殺意が萎える。だがまた不幸に襲われる。殺してやる。そこにまたまた男が現れる。また丸め込まれる…。

 この繰り返しである。これでもかというほど不幸の波が押し寄せる和幸の人生。それなのに滑稽なのはなぜか。一つ。和幸は『殺人の門』をくぐらんとするにはお人よしすぎる。典型的な騙されるタイプ。二つ。不幸の数々が、悪徳商法だの家庭不和だのありがちな話ばかり。ありがちな話も積もり積もれば笑うしかない。

 『毒笑小説』の文庫版巻末の京極さんとの対談を思い出す。人はどういうときに笑うのか。「結局他人の不幸なんです」と、ご自身が言っているではないか。僕が本作に感じたのは、まさに『怪笑』『毒笑』に凝縮された笑いのスピリットだったのだ。

 僕の読み方は、東野さんの意図とは違っているのか、それとも狙い通りなのか。食えない作家である。というかどう考えても前者なんだろうけどさ。

 読者諸賢におかれては、僕の特殊な読み方を参考にしないよう願いたい。



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