東野圭吾 65


聖女の救済


2008/10/30

 久しぶりのガリレオシリーズの新刊は嬉しかったが、短編集『ガリレオの苦悩』には正直物足りなさも感じた。必然的に、もう1冊の長編『聖女の救済』にかかる期待は大きくなる。しかも、5冠作品『容疑者Xの献身』と比較しないわけにはいかない。

 IT企業を経営する真柴義孝が、日曜日夜に自宅で死んでいるのが発見された。飲んでいたコーヒーからは毒物が検出された。一方、義孝から離婚を切り出されていた妻の綾音は、土曜日の朝から札幌の実家に帰省していた。綾音のアリバイは鉄壁だった。

 人間関係については置いておくとして、争点は至ってシンプル。義孝のコーヒーにだけ、どうやって毒物を混入させたのか? 湯川は、自らの推理を虚数解と表現した。理論的には考えられても、現実的にはありえない。虚数は英語で"imaginary number"という。すなわち想像上の数であるから、なるほどうまい表現と言えなくもない。

 被害者の真柴義孝という男は、某厚生労働大臣もびっくりの、傲岸不遜な思想(義孝に言わせればライフプラン)の持ち主だ。結婚に当たってこんな約束をするのも前代未聞だが、本気で履行しようとするとは。綾音に動機は十分にあるはずなのだ…。

 『ガリレオの苦悩』では、草薙は一歩引き、薫の方が前面に出ている印象を受けたが、本作では草薙と薫の意見が対立し、論戦を繰り広げる。綾音が真犯人と信じる薫と、異を唱える草薙。湯川は何らかの結論に達したらしいが、開示しようとはしない。

 義孝と綾音の過去の人間関係が徐々にあぶり出されていくが、義孝の行動が何もかも推理した通りなのには呆れてしまう。確固たるライフプランに基づき、計算ずくで動く、ある意味わかりやすい義孝だからこそ、こんな手段が可能になったのか。

 毒物混入ルートの謎だけで引っ張る求心力と、それなりに驚きを伴う真相はさすがだが、『容疑者Xの献身』ほどの衝撃は受けなかったかな。真柴家の倒錯した人間関係が理解しがたいだけに。義孝はひどい人間だが、綾音に感情移入もしない。

 綾音に惹かれていた草薙だが、刑事としての冷静さは失っていなかった。草薙のある行動が最後の決め手になったことは、彼の名誉のために言っておきたい。



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