東野圭吾 68


新参者


2009/09/24

 いやはや、すっかり読み始める前の予想を裏切られた。

 ミステリーに描かれる刑事捜査とは、どうしてもご都合主義になりがちである。都合よく証拠が見つかり、都合よく何かに気づき、都合よく犯人が尻尾を出す。解決までには数え切れないほどの「空振り」があったはずだが、その部分は割愛される。

 エンターテイメントなのだから、そんな屁理屈をこねるのは野暮というものだろう。では、本作はどうか。通常は切り捨てられる「空振り」の部分にスポットを当てている。可能性を一つ一つ潰していく過程は、現実の刑事捜査を彷彿とさせるではないか。

 加賀恭一郎シリーズ最新作でもある本作は、実に野心的な一作だが、同時に人情物という顔を持つ。練馬署から日本橋署に異動した加賀刑事は、昔ながらの近所付き合いが残る人形町界隈を歩く。読者にも、最初は加賀刑事の意図が皆目わからない。しかし、各章の最後には、訪ねた家の問題が解決しているのだから心憎い。

 ここまで人の心の機微を読み取り、アフターサービスをする刑事は加賀刑事しかいないだろう。大きなお世話という気がしないでもないが、素直に温かい気持ちになれる。一方で、本来の目的も忘れてはいない。章を追うごとに、加賀刑事は着実に包囲網を狭めていく。なるほど、あれはこういうことだったのか。そして最終章に至り…。

 本筋の事件だけに着目すると、動機も犯行も現実の事件のように短絡的だ。だがしかし、本作は構成の妙を堪能するべき作品なのである。そのために、敢えてひねりのない事件を選んだ。『白夜行』のような冷たい緻密さとは対照的に、本作には血が通った緻密さがある。寺田時計店の頑固な店主が修理した、機械時計のように。

 いわゆる超大作をご所望の読者にはお薦めしない。エンターテイメントとしての派手さなら、前作『パラドックス13』の方がはるかに上。それでも、本作には大作にはない面白さがある。ますます冴える東野圭吾さんの筆致は、名人芸の域に入っている。今後、日本橋署管内を舞台に、加賀刑事はどんな活躍を見せてくれるのだろう。



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