伊坂幸太郎 13


フィッシュストーリー


2007/02/07

 伊坂幸太郎さんの作品は、物語としては独立しているが、作品同士がリンクし合って「伊坂ワールド」とでも呼ぶべき作品世界を構成していることで知られている。もっとも、僕はそうした遊び心をいつも読み流しているわけだが…。

 本作は、伊坂作品を彩った名脇役たちが巻き込まれる新たな事件を描くという趣向である。そういう意味では連作短編集と言えるのかもしれない。僕が即座に思い出せたのは、『ラッシュライフ』に登場した泥棒の黒澤だけであった。本質ではないのでいいや。

 タイトルからして実に「らしい」、「動物園のエンジン」。本作中最も短いが、その分伊坂作品のエッセンスが凝縮されている。なるほど、彼はいかした「エンジン」だ。黒澤が副業の探偵職で訪れた村に残る風習とは、「サクリファイス」。究極のサクリファイスがここにある…と言ってはオーバーか。謎そのものよりエピローグの部分に憎さを感じる。

 テーマは"No music, no life." 一つの曲から展開する表題作「フィッシュストーリー」。時代を前後させながら一本の線に繋がっていくのが絶妙。ビートルズファンならニヤリとするだろう。詳しくは書けないが、消費されるだけの現代音楽に人を動かす力があるか。

 黒澤が再登場する「ポテチ」。泥棒にして世間ずれしまくりの今村と、劇的な(?)な出会いで同居することになった大西。一大事をさらっと書いてくれる上に、結末が臭いねえ。それでも許されるのは伊坂さんの人徳だ。仙台在住だけに、楽天の応援歌?

 と、伊坂作品のよさが満載の作品集ではあるのだが、この先は苦言を述べなければならない。遊び心も結構だが、今のままでは遅かれ早かれ壁に突き当たるだろう。

 作風が確立されるにつれて、最初は感じていた新鮮さが確実に薄れている。守りに入ったというわけではないのだろうが、伊坂幸太郎という作家はファンにも作中の人物にも優しすぎる。伊坂ワールドの殻を破るべき時が来ている。

 もちろん従来のファンを失うリスクはあるだろう。それでも一歩踏み出してほしい。冒険してほしい。個人的に、ヒントは『グラスホッパー』にあると思っているのだが。



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