伊坂幸太郎 02


ラッシュライフ


2005/05/07

 泥棒の黒澤、失業中の豊田、「神」に傾倒する青年河原崎、不倫中の女性カウンセラー京子。伊坂幸太郎さんのデビュー後第2作は、四つの視点で物語が進行するが、多視点という手法自体は珍しくはない。だが、そこは伊坂幸太郎である。

 四人の物語はあくまで独立しており、実質的にはオムニバスなのだが、微妙に交錯している。それぞれ他者の物語に脇役として顔を出し、時には会話を交わす。相手の進路に影響を与えることもある。神のいたずらともでも言うべき偶然の連鎖の妙。

 ところで、僕は偶然にも連鎖反応の妙を描いた傑作を知っていた。その傑作とは、恩田陸さんの『ドミノ』。このため、新鮮さが弱められる結果になってしまった気がしないでもない。

 とはいえ、もちろんそれぞれの良さがある。例えばスピード感に溢れるのが『ドミノ』の良いところ。では、本作の良さは何か。四つの物語は並行して描かれるが、同時進行ではない点がミソ。最初は物語同士の繋がりがよくわからない。読み進むうちに、ただの通りすがりと思っていた人の正体が実は〇〇だった、なんてことがわかってくる。

 四人はそれぞれの物語で主役を張るが、他者の物語で主役を食ったりはしない。きちんと役割を弁えているのがいいねえ。付かず離れず、あくまでオムニバス形式を保つ。こういうバランス感覚は後の『チルドレン』や『グラスホッパー』にも通じるものがある。

 それに何より、酸いも辛いもそれぞれの人生が味わい深いのがいい。台詞回しといい、四人の中で最も後の作品に近い雰囲気を感じる泥棒の黒澤。金も地位もあり、常に相手を見下ろしていた京子の末路とは。要するに騙されやすいタイプの河原崎は、「神」を見たか。

 個人的には、リストラされた豊田の物語が一押しだ。彼だって人間、自分を失業に追いやった相手に恨みが募る。そんな彼がなぜか老犬を拾う。初老の男と老犬のコンビは、何となく通じ合っているようでいい味を醸し出している。是非後日談を読んでみたいな。

 お金で買えないものがあるよね。素晴らしきかな人生。



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