伊坂幸太郎 20


マリアビートル


2010/09/28

 本作刊行前に書店で無料配布されていた小冊子によると、前作に当たる『グラスホッパー』は、伊坂幸太郎さんの周りでは評判が悪かったという。確かに伊坂流のユーモアに欠け、今でも伊坂作品の中で異彩を放っている。僕は高く評価していたのだが。

 元殺し屋の木村雄一は、一人息子の渉をデパートの屋上から突き落とされた。渉の意識は戻らない。渉を突き落とした中学生、王子慧への復讐を目論む。その王子は、見た目は美少年にして優等生だが、他人を翻弄し、絶望に陥れることに快楽を覚える。

 二人組の殺し屋、容姿がよく似ているが性格は正反対の蜜柑&檸檬。冷酷非道さの反面、蜜柑は文学好き、檸檬は『機関車トーマス』が好きという顔を持つ。彼らは仕事を終え、奪還した人質と身代金を盛岡まで運ぶ途中だった。そして、ひたすらツキがない殺し屋、七尾。一見殺し屋には見えないが、簡単に相手の首を折ってしまう。

 以上のメンバーが、新幹線はやてに同乗し、一路盛岡を目指すのだ。序盤から、殺し屋たちの間抜けさに唖然とする。木村はあっさり王子の手に落ち、柑橘系コンビは…ありえねえ! 七尾は…さらにありえねえ! 上野で降りて終わりのはずが。

 全体的な乗りはドタバタ劇に近い。殺し屋たちのせめぎ合いに、好奇心旺盛な王子君が絡み、事態はますます混乱する。七尾のツキのなさには涙が止まらない。その筋の者らしい不穏な空気を発散する檸檬が、『機関車トーマス』を熱く語るのは何だかかわいい。前作に登場した殺し屋、蝉や鯨と違い、血が通っている印象を受ける。

 一方、王子というキャラクターは憎たらしいったらありゃしない。大人という設定なら大して気にならないだろうが、中学生だよ中学生。頭は切れるし七尾と違ってツキもある。世の中自分中心に回っていると信じて疑わない王子君に、待ち受ける運命は…。

 彼ら以外にもあんな人やこんな人がひしめき、車内は実に賑やか。こんな新幹線は嫌だ。終点盛岡で何が起きるかお楽しみ。本作は『グラスホッパー』のリベンジとして書かれたという。前作を受け付けなかった人こそ読むべきである。『ゴールデンスランバー』以降、停滞している感のあった伊坂作品だが、久々の大ホームランだ。



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