石持浅海 01


アイルランドの薔薇


2006/6/03

 昨年『扉は閉ざされたまま』で注目を浴びた、石持浅海さんの長編デビュー作品である。というのも、石持さんは光文社文庫の公募アンソロジー『本格推理』に、短編が三度掲載されていたのである。この実績を買われ、光文社カッパ・ノベルスの新人発掘プロジェクト「カッパ・ワン」の第一期生となり、幅を利かせるメフィスト勢に対して気を吐いている。

 そのデビュー作で、いきなり政治的テーマを持ってきた。背景にあるのは北アイルランド問題。南北アイルランド統一を謳う武装勢力NCFの副議長が、「南」の都市スライゴーの宿屋で殺害された。ところが、宿には民間人も含めて8人が滞在していたために、事態の混迷を招くことになる。いきり立つNCFと、真相解明に挑む日本人科学者、フジ。

 アイルランドの武装組織としてはIRA(アイルランド共和国軍)が知られているが、さすがにIRAそのものという設定にするのははばかられたのか、NCFはもう一つの武装組織という設定であり、架空の組織である。そもそも、ネタにするにはあまりにも根深い。

 本作も含め、これまでに読んだ石持作品は、何らかの「閉じた」状況を作り出していた。北アイルランド問題もまた、「閉じた」状況を生み出す触媒でしかない。英断とも言えるし、無謀とも言える。問題に深入りしすぎては本来の推理の醍醐味が薄れてしまう。終始何とも微妙な距離感が保たれるが、前例のない冒険を試みているのは確かである。

 突っ込みどころは多いかも。民間人に対等に駆け引きされる武装組織ってどうなの。「あの」手口は僕でも容易に想像できたぞ。『セリヌンティウスの舟』のような堂々巡りの展開はやや退屈。極端に舞台を限定する石持作品は、こういう展開に陥りやすい。

 デビュー作にしてこの手練手管は大したものと言える。演出も堂に入ったもので、何度やられたかわからない手でまた騙されたし…。この一点だけでも読んだ甲斐はあった。しかし、何よりすごいのはフジの落ち着きぶりだろう。本当にただの科学者か?

 肝心のミステリーの部分で、テーマ選択ほどの冒険はできていないかな。



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