石持浅海 31


カード・ウォッチャー


2013/03/18

 石持浅海作品には『君がいなくても平気』や『八月の魔法使い』のように会社を舞台にしたものがあるが、本作は多くの社会人にとって身近なテーマと言えるだろう。

 深夜までのサービス残業が常態化していた、塚原ゴムの研究所。ある日、研究員が事故で負傷したことをきっかけに、労働基準監督署に通報され、臨検が入ることになった。研究総務の小野は、大慌てで受け入れ準備に動くが…。

 タイムカード上は全員定時退社したことにして、勤務を続ける。今どき何ともクラシックな手口だなあと呆れるが、僕が入社した頃には当然のように行われていたし、現在でも珍しくはないのだろう。幸い、僕自身はサービス残業を求められたことはないが。

 社内サーバのアクセス時間などから、どうせ嘘はばれる。ところが、開き直って当日を迎えると、ある研究員の死体が発見された…。彼は研究所の中でも飛び抜けて残業が多く、この日もふらついているのを目撃されていた。過労死が疑われるのは必至。

 そして、小野は上司の指示に従い、臨検の間だけ研究員の死を隠し通すことにした。呆れた。本気で呆れた。隠し通せたところでいずれ公表しなければならない。何より、一社員の死より会社の体面が大事という価値観に、疑問も持たないとは。

 研究所の社員1人1人と面談が行われ、当然「彼」の所在も尋ねられる。何とかストーリーを作り上げようとするが、策士策に溺れるとは正にこのこと。というより、最初から無理があるだろっ!!! 労基署の北川を相手に、目論みはあっさり外れるわけだが…。

 事態は思わぬ方向に動く。北川が明らかにした真相とは…これじゃ亡くなった彼があまりにも浮かばれないだろっ!!!!! 直接の原因はともかく、これは不幸な偶然の連鎖では断じてない。正真正銘の過労死だ。彼は会社に殺されたのだ。

 で、平然と存続しているのかよこの会社…。



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