北村 薫 09


覆面作家の愛の歌


2000/11/18

 前作『覆面作家は二人いる』から、約4年を経て刊行された第二作。今回も三つの事件が収録されているが、千秋嬢の活躍ぶりにさらに磨きがかかっている。前作を読んで人物設定などを把握しておいた方が楽しめるだろう。

 「覆面作家のお茶の会」。まずは、千秋嬢に出題された問題に、座布団一枚。しかし、首都圏在住じゃない方には意味がわからないかも。本作の真相を聞いてけしからんと思う方もいるだろう。明らかに法律違反ではある。でも、現行制度の理不尽さが悪いのだと敢えて言いたい気持ちになってくる。二人の夢を断ち切る権限は、誰にもないはずだ。ある漢字三文字の言葉がキーワードだが、もちろんここには書けない。

 「覆面作家と溶ける男」。幼女誘拐殺人事件という嫌な題材を扱っているが、必要以上に沈鬱にならずに読めるのは、人物造形の妙か、それとも子供の無垢さ故か。警察の捜査の手を十分に意識していながら、自らの嗜好に逆らえなかった男。男の過去に何があろうと、無垢な子供を騙した罪は重い。子供が犠牲になる事件ほど許しがたいものはない。常々思うのだが、こういう犯人の弁護士は、どんな気持ちで法廷に臨むのだろう?

 一押しは、シリーズ中最も長い「覆面作家の愛の歌」だろう。手のこんだトリックなど、北村さんの本格志向が随所にうかがえる。千秋嬢の解説を読んでいて、僕は良介同様に頭がこんがらがってしまい、理解するのに時間を要してしまったが。今回は、千秋嬢危機一髪の巻である。犯人に捕らえられた千秋嬢と良介が、いかにして窮地を脱するかが見もの。風車の矢七のごとくタイミングが絶妙なのはご愛嬌ということにしておこう。

 以上、満腹の全三編。前作、本作と読んだ方は、残る『覆面作家の夢の家』も読むしかないだろう。



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