今野 敏 A-06


警視庁神南署


2010/02/28

 もはやどこまでが原作かわからない、TBS系ドラマ『ハンチョウ 神南署安積班』だが、原作で神南署を舞台にした作品は数少ない。番外編といえる『蓬莱』『イコン』を除くと、本作と短編集『神南署安積班』しかない。湾岸地域は今やフジテレビの牙城であり、ライバルの庭をドラマの舞台にできないのも無理はないが。

 本作はあくまでフィクションながら、現実社会に翻弄された経緯がある。バブル崩壊により湾岸地域の開発は頓挫。湾岸署を舞台にすることが難しくなり、安積班は新設された神南署に異動。本作の背景にも、バブル崩壊後の世情が色濃く反映されている。

 元々安積班シリーズに言えることだが、警察小説としてはかなりオーソドックスである。十分に面白いけれど、特筆すべきこともない、感想を書くにはちょっと困る作品だ。僕自身バブルの恩恵など受けた覚えはないが、少なくともバブル景気ということがあったのは知っている。不況しか知らない若い読者には、もしかしたら新鮮に映るだろうか。

 渋谷で銀行員が少年グループに襲われ、新設間もない神南署の安積班は、被害男性の訴えにより捜査を開始した。しかし、数日後、男性は告訴を取り下げるという。

 現代社会では、当時とは比較にならないほど世間の目もうるさいし、企業も神経質になっている。だから、現代の目で見ると、銀行員の男の脇の甘さに呆れてしまう。こればっかりは時代の変化としか言いようがない。現代はミステリー受難の時代だ。

 捜査体制の方は、安積の宿敵相楽が捜査本部に乗り込んでくるものの、本庁の理事官が理解のある人物だっただけに、衝突らしい衝突もない。その点が物足りないといえば物足りない。本作は特定の人物が目立つということはない。安積も然り。いわば、誰もが駒に徹している。本来、捜査とはこうあるべきなんだろう。

 事件の構図は、現実の事件並にシンプルだったし。と、ここまで書いて思う。現代はミステリー受難の時代なのに、読者はひねりばかりを求めすぎているのではないか。新刊ばかり読み漁らず、時々原点に帰れ。本作はそう訴えているのかもしれない。



今野敏著作リストに戻る