京極夏彦 25

旧怪談

耳袋より

2007/07/11

 本作の原書は、根岸鎮衛(やすもり)による江戸の奇談随筆集『耳嚢』である。それから約200年後、木原浩勝と中山市朗による現代の怪談集『新耳袋』シリーズが刊行され、現在も続いている。いずれもタイトルは聞いたことがあるが、読んだことはない。

 本作は、元祖『耳嚢』の中から怪談と呼べるエピソードをセレクトし、現代の読者に向けて『新耳袋』風にアレンジしたものである。メディアファクトリーの怪談専門誌「幽」で『旧耳袋』というタイトルで連載されていたが、単行本刊行に当たり『旧怪談』と改題された。

 京極夏彦さんの役割は翻案者であり、原作者ではない。もっとも、根岸鎮衛も聞き集めた話をまとめただけだから原作者は市井の人か。そんな本作は児童書という触れ込みであり、全文にルビがついている。原文も併録されているが、確かに原文だけではわかりにくいニュアンスもあるし、こういう試みには意義があると思う。

 原文にはない記述も加えられているが、気になるほどではなく許容範囲だろう。だがしかし、読み終えて思った。これは京極夏彦がするべき仕事なのだろうか?

 江戸時代なのに「Aさん」「Bさん」はないんでないかい? 忠実に『新耳袋』風にするためかどうかは知らないが、雰囲気がぶち壊しではないか。そこは百歩譲るとしても、外来語の使用は控えてほしかった。「クーリングオフ」(児童書で使うか)だの「ミーティング」だの、外来語が出てくる度に萎えたよ…。何より、文体に京極さんの個性がない。

 大沢オフィス繋がりで、宮部みゆきさんに依頼すればよかったのでは。現代語でも雰囲気を出すことが可能なのは、『あやし』で実証済みだ。話が逸れるが、宮部みゆきさんの『震える岩』には根岸鎮衛が南町奉行として登場する。同作品は『耳嚢』に収録の「奇石鳴動の事」がモチーフになっているが、本作に収録されていないのは残念である。

 批判的に書いたが、純粋に読み物としては面白い。個人的な一押しは、「プライド(義は命より重き事)」。怪談とは言えないが、当時の世相を痛烈に皮肉ったブラックな結末。根岸鎮衛自身は高い地位にあったという事実がこれまた皮肉だな。



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