京極夏彦 29


厭な小説


2009/05/21

 昨年『南極(人)』として単行本刊行された南極探検隊シリーズ同様、「厭な…」シリーズの歴史は古く、第1作の初出は1999年。単行本刊行には約10年を要している。

 悪寒、嫌悪、拒絶……あらゆる不愉快、詰め込んだ日本一のどんびきエンターテイメント登場――とは帯の言葉である。さらには、著者の京極夏彦さん自ら「知りませんからね読んで後悔しても」と挑発する。さあ、どれだけ引かせてくれる?

 誰でも毎日、通勤電車の中で、会社で、家庭で、色々なシチュエーションで「厭な」思いの一つや二つはするだろう。しかし、一つ一つは些細なことだし、いつまでも引きずっていたら生きていけない。翌日になれば忘れている。あるいは忘れるようにする。しかし、忘れようにも、しつこく繰り返されたとしたらどうだろう。本作はそんな作品集だ。

 「厭だ」で始まり「厭だ」で終わる全7編。自分が同じ立場だったらと思うと堪らない。「厭な老人」は、超高齢化社会に笑い流せないし、「厭な彼女」の手料理は遠慮したいし、「厭な家」には住みたくない。それでも「どんびき」というほどではないかな。少々ブラックなエンターテイメントとして、普通に楽しんでしまった。いや、楽しい話ではないけれども。

 京極さんの短編集としては、『幽談』よりはるかに読み応えがあるのは間違いない。何しろ、短編の割に文章がかなりくどい。くどいところに狙いがあるのはわかっているのだが。生理的嫌悪感や切れ味という点では、平山夢明さんの『他人事』の方が上だ。

 毎回、深谷という男が違う人物から相談を受ける。深谷なりに親身になったり手を尽くしたりはするのだが、その甲斐もなく…。そこの悪趣味なあなた、結末は読んで確かめてください。深谷よりも上司の亀山がすごい。パワハラにセクハラ、部下に嫌われるあらゆる要素を備えている。今でもこういう「厭な上司」タイプはいるんだろうなあ。

 ところが、最後の表題作「厭な小説」になると、深谷自身が当事者になるのだった。こういう手はずるいぞ。それにしても、この内容をこんな分厚い本にして出すなんて、嫌がらせ以外の何ものでもない。などと書いたら、褒め言葉になるんだろうか。



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