道尾秀介 05

片眼の猿

One-eyed monkeys

2009/06/30

 これは『カラスの親指』以上の快作かもしれない。これほどまでにわけありの人物ばかりが揃っていながら、読後感は爽快。道尾秀介にしかできない力業だ。

 盗聴専門探偵・三梨は、楽器メーカーからの依頼で産業スパイを洗い出していた。ある日、同業者だった冬絵の存在を知る。スカウトに成功した矢先に、三梨は殺人事件発生の瞬間を聴いてしまった。三梨の中で、拭い去れない疑惑が膨らんでいく…。

 本作の謎は大きく分けて2つある。現在の殺人事件の謎。そして過去の自殺の謎。かつて三梨と同居していた秋絵は、7年前に何の相談もなく部屋を出た。そして、福島県の山中で自殺を図ったのだった。設定だけなら読後感が爽快だとは思えないだろう。

 道尾さんはしばしば、「本格ミステリという形式は人間の感情を伝える手段でしかない」という趣旨の発言をしているが、僕が思うに、どの道尾作品よりも人間を描くことに注力している。謎も重要なファクターには違いないが、人間を描くための謎なのだから。

 珍しく探偵が主人公なので、ハードボイルドタッチに展開していく。そして三梨は、秋絵の自殺の原因を突き止める。これがどれほど残酷なことなのか、当事者でなければ理解できないだろう。僕はそのシーンを想像して、一瞬苦笑したことを告白しよう。

 しかし、もっとすごい驚きが最後の最後に用意されていた。三梨が住むアパート、ローズ・フラットの個性的住人たち。三梨のよき理解者であり友人である彼らの事情が、三梨自身の事情が、あまりにもあっけらかんと語られるので唖然としてしまった…。

 あの謎といい、さすがに卑怯すぎないかと思わなくもないが、敢えて明るく描いていることに本作の素晴らしさがある。彼らは強い。冬絵の悩みなどちっぽけなものだ。自分が同じ立場になったら、彼らのようには生きられない。

 同じく新潮文庫化された『向日葵の咲かない夏』は売れに売れているようだが、本作の方が手を出しやすいだろう。表面的な軽妙さから読みやすく感じるが、実は深い意図が込められている。トウヘイのトランプ占いのように。



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