宮部みゆき 21 | ||
初ものがたり |
困ったことに、僕は間食が好きだ。夜中は腹が減ってしょうがない。本作を読むなら夜中は避けるべきだろう。空腹に追い討ちをかけるに違いないから。
稲荷寿司を筆頭に、すいとん汁、蕪(かぶら)汁、白魚蒲鉾、鰹の刺身、柿羊羹(ようかん)、鮭の塩焼きに鰆(さわら)の塩焼き、蜆(しじみ)汁…。これらはすべて、本作に登場する謎の稲荷寿司屋の親父のレパートリーである。あまりに美味そうなので、ついついアホなことをしてしまった。
本作は、本格グルメ小説…ではなく、『本所深川ふしぎ草紙』に登場した茂七親分が活躍する、オーソドックスな捕物帖である。事件を追う茂七親分に、何らかの示唆を与える稲荷寿司屋の親父。美味いものが食べられて、なおかつヒントが得られるのだから一石二鳥どころではない。
食べ物の話ばかり書いているが、各編の内容は至ってストレートである。そこに稲荷寿司屋の親父を始めとした謎めいた人物たちが絡み、読者の興味を惹く。その人物像や背景が徐々にほのめかされ、さあ盛り上がってまいりました、と思っていたら…あれ? これで終わりなのか?
僕と同様、中途半端な終わり方だなあと感じた方が多いことだろう。稲荷寿司屋の親父の正体は? 〇〇坊やはどうなるんだ? など色々と気になる点が残される。それもそのはず、新潮文庫版のあとがきによれば、本作が連載されていた「小説歴史街道」が廃刊となってしまい、それまでの掲載分で単行本刊行されたとのこと。
宮部さんとしては、いつの日か続きを書きたい意向のようだ。『ぼんくら』では隠居してしまっていた茂七親分の再登場はいつか? そして、稲荷寿司屋の親父はさらにレパートリーを増やすのか? 今夜も腹が減る僕なのであった。