宮部みゆき 53 | ||
おまえさん |
『ぼんくら』『日暮らし』と続く時代物シリーズの第3作である。刊行が本来の予定から3年遅れたため、文庫の読者をさらに3年待たせるのは申し訳ないという宮部みゆきさんの意向により、異例の単行本・文庫同時刊行となった。
痒み止めの「王疹膏」が評判の生薬屋瓶屋の主人、新兵衛が斬り殺された。本所深川の同心・井筒平四郎が若き同心・間島信之輔と瓶屋に駆けつけると、変わり者のご隠居′ケ右衛門が検分していた。源右衛門は、その斬り口が少し前に見つかった身元不明の亡骸と同じだと断言する。調べを進めると、違う生薬屋も絡んできて…。
時代ミステリーと呼ぶべきこのシリーズ、過去2作の構造も十分に入り組んでいたが、本作の構造はさらに複雑。事件関係者の人数は過去最多。上下巻のボリュームながら、ハイペースで読まないと序盤を忘れてしまうだろう。
さらに、本筋に関係ないいざこざも絡んでくる。中にはおでこに関わるものも…。実は、下巻の1/3で本筋の事件の謎解きは終わってしまう。その後は連作短編集のような構成になっており、それぞれいざこざの決着も図られるのが心憎い。
平四郎、政五郎、お徳、弓之助、おでこなどレギュラー陣以外にも、ちょい役にしておくには惜しい人物が多数登場するが、最も注目されるのは信之輔だろう。役人としては平四郎より熱心で、腕も立つ。しかし、信之輔は若かった。平四郎は無駄に年を重ねたわけではないのである。信之輔の失態を風と流す、平四郎と源右衛門は懐が深い。
焦らして焦らしてようやく本当の解決編。お尋ね者は、平四郎たちを前にして、悪びれもしない。20年前の悲劇と、勘違いが重なって起きた新たな悲劇。どれだけ複雑だろうと、解きほぐしてみれば背景にあるのは人の心。その点は過去2作と変わらない。たっぷりと宮部節を堪能できた。それにしても救いのない事件である。
関係者が多いだけに影響も大きい。どのように幕引きが図られるのかは語られないので想像するしかない。しかし、おせっかいの平四郎なら何とか手を尽くすだろう。時代物でありながら現代的なテーマも合わせ持つ、希代のシリーズ。決してヒーローという柄ではない平四郎でなければ、このシリーズのまとめ役は務まらない。
このシリーズはスピンオフがいくらでも書けそうだが、予定はないんでしょうか?