宮部みゆき 59 | ||
桜ほうさら |
『おまえさん』以来となる時代物長編である。『おまえさん』や『ソロモンの偽証』3部作と比較すれば短いが、それでも約600pはボリュームたっぷり。
上総国搗根(とうがね)藩士である古橋笙之介の父・宗左右衛門に賄賂(まいない)を受け取ったという疑いがかかる。宗左右衛門は証拠とされた文書に覚えがなかったが、その手跡は彼の目にも彼自身のものとしか見えなかった…。
母・里江と兄・勝之介は、父への侮蔑を隠さない。追い立てられるように江戸に出た笙之介は、江戸藩邸留守居役の坂崎重秀から藩内の不穏な動きを聞かされる。笙之介は長屋に住み、貸本屋村田屋の仕事を請け負い、生計を立てていた。
プロローグ的意味も持つ第一話は、上記のような背景の説明や笙之介の周りの人物紹介に費やされる。盛り込みすぎな上に話題があっちこっちに飛び、なかなか読み進まなかった。しかし、重大な伏線が隠されていたことを、読了後に知ることになる。
第二話。奥州三八野藩士の長堀金吾郎が、笙之介を訪ねてきた。長男に家督を譲った大殿が、面妖な文を書いているという。それは見事な手跡だったが…存在しない漢字ばかりだった。何と時代物で暗号ネタである。いくら考えてもわからない笙之介が打った手とは。その結果、関係ない人物も救われているのはご愛嬌。
第三話は、タイトルからばればれだがあのネタ。仕事柄、笙之介は真相の一端を見抜いていたが、正面からぶつかって素直に認めるかどうか。ようやく聞き出してみると…さすがに突っ込みたくなるが、宮部流人情裁きで無理矢理まとめたな。
ところが、最大の突っ込みどころは最後の第四話に用意されていた。おいおいおいおいそんなの聞いていないぞ!!!!! 温厚な笙之介もそりゃ怒るだろう。父の無実を信じている彼に、方便など通じない。武士の端くれとして、悲壮な決意を固めた笙之介だったが…これでは立場がないではないか。しかも、最後の最後に…。
これほど突っ込みどころ満載なのに許せてしまう、宮部流人情時代物の粋が堪能できる。多くの魅力的な人物たちを紹介し切れないのがもどかしいが、1人だけ挙げるならやはり「彼女」だろう。敢えて語るまい。笙之介の新たな人生に思いを馳せる。