森 雅裕 16 | ||
ビタミンCブルース |
僕は森雅裕作品の一ファンであり、僭越ながら一理解者のつもりでもある。それにしたって、すごいなこりゃ。読み始めてすぐに苦笑がこみ上げる。
もはや快感でさえある皮肉屋たちの応酬。本作における皮肉合戦の充実度(?)は、これまで読んだ他のどの作品をも凌ぐ。皮肉じゃない台詞を探すのが難しいほどで、かなり上級者向け作品ではなかろうか。ファンには堪えられないんですが。
歌一筋、TV出演も少ないカリスマ的人気歌手の千里。クリスマスの夜、帰宅したら少年が待っていた。前振りも何もなく、いきなり唖然とするオープニング。少年は母から届けものを預かってきたという。それは一枚のフロッピーディスクだった。少年の亡くなった母は、千里が去年ロンドンでレコーディングしたときの現地スタッフだった。
この少年―マイクこと手柄山真郁(まさふみ)は、森雅裕作品で最年少の皮肉屋である。とにかく口が減らない減らない。千里はもちろん、マネージャー和田やスタジオのスタッフたち相手に一歩も引かない。それでも結構かわいいところ…あるんだろうか。
千里と真郁が実は馬が合っているのは明白。そしてスタッフたちとは深い信頼で結ばれている。憎からず想っているからこそ、信頼があってこそ、皮肉のやり取りもできるというもの。気持ちが入らない時候の挨拶など不要なのだ。だからこそ、読み終えて思った。
本作に、血生臭い展開は必要だったのだろうか。阿吽の呼吸とも言うべき千里たちの台詞回しとは対照的に、物語に噛み合っていない印象を受けた。「ビタミンCブルース」と題された曲に込められたメッセージと、真郁少年の出生の謎。それだけで十分では。
ポップミュージシャンを主人公に据えた作品としては、後に刊行される『いつまでも折にふれて』の方が胸を打つ。色々な意味で惜しい作品だなあと思う。
『モーツァルトは子守唄を歌わない』以来の楽譜暗号は、もちろんわからなかった…。