乃南アサ 45


晩鐘


2005/05/21

 現実の殺人事件は、犯人が逮捕されれば報道側の熱も第三者の興味も冷めていく。やがて記憶は急速に風化していく。そしてミステリーの多くは、犯人が逮捕されたところで作者にとっても読者にとっても終わる。いずれにせよ、被害者側の遺族、加害者側の家族、双方のその後に思いを馳せることはない。

 そんな中、乃南アサさんの『風紋』は、犯人逮捕後を重点的に描いた力作だった。被害者側と加害者側、当事者にとって事件の終わりはない。当たり前だが目を逸らしがちな事実に気付かされた作品だ。『風紋』は裁判が結審したところで作品としては区切りを迎えた。だが、当然関係者にはその後の人生があるのである。

 本作は、『風紋』の事件から7年後という設定の続編である。前作も大作だったが、本作は文庫版で上下巻各700pにも及ぶ。ある意味、理に適っていると思う。いつまでも癒えることのない傷の深さを物語った結果がこの長さなのだ。僕が『風紋』を読んだのは4年前。もちろん細かい内容は忘れていた。だからこそ、訴えるものが大きかった思う。

 母を失った当時高校生だった女性。幸い彼女の家庭は崩壊はしなかったが、さらに複雑になっていた。父を、姉を未だに許せない。時折感情がほとばしる。それでも必死で生きていく姿が、痛々しくも胸を打つ。ある少年との交流に、ささやかな喜びを見出していくのに救われる。7年かかってようやく少しだけ癒えた傷。前向きに生きることを切に願う。

 一方の加害者側。注目されるのは、前作では名前も出なかった殺人者の息子。母親は過去を捨ててしたたかに生きようとする。事情を知らされずに祖父母の元へ預けられて育った少年が、新たな火種となっていく。母と罵倒し合う日々。内面に渦巻く負のエネルギー。これが小学生かと絶句するだろう。この結末は、誤解を招きかねない危険をはらんでいる。

 結局は、前作で事件を取材した記者が、偶然関係者と再会したことがきっかけだった。それは不幸な偶然だった。皮肉と片付けてしまうには、結果はあまりにも重い。

 このシリーズは、『風紋』『晩鐘』を合わせて読んでこそ意味がある。ただし、トータルすると『終戦のローレライ』をはるかにしのぐ量なので、誰にでも簡単にお薦めはできない。『風紋』を読んでしばらく経過している方には、是非『晩鐘』を読んでいただきたい。



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