貫井徳郎 19


悪党たちは千里を走る


2005/09/25

 貫井徳郎さんの公式サイトによると、「一部ネット書店では、数行のあらすじ紹介でストーリーの半分くらいを書いてしまっているところがある」とのことだった。読み終えてから「悪党たちは千里を走る」で検索してみたところ…なるほどこりゃないよなあ。これから読む予定がある方、目を通さないよう僕からもお願いします。

 『殺人症候群』を最後に、このところ明るいトーンの作品が続いているが、今回はより徹底してコメディに取り組んでいる。誘拐ものながらダークな要素は皆無。

 まず、誘拐を企てる三人の人物像が大きいだろう。主人公の高杉篤郎は詐欺師としては三流。言い方を変えれば、金のために非情にはなり切れない。小金を稼ぐシーンは悲哀を誘う…。高杉をアニキと慕う園部は、厳つい外見に似合わず小心者。そんな二人の前に現れた切れ者の美女。実にコメディのツボを押さえたトリオと言える。

 ひたすら抜けっぷりを強調される高杉と園部だが、彼らが抜けっぷりを遺憾なく発揮するからこそ、展開が二転三転する。綿密な計画に基づいて行動されてはコメディにならないのである。他の人物たちもどこかずれている。何て緊張感がない誘拐ものなんだ。

 と思っていたら、予想外の事態が。中盤までコミカル一辺倒だっただけに、三人の衝撃や苦悩が伝わってくる。卑劣な犯罪者(と言うのも変だが)に怒りが湧く。やがて逡巡を振り払って決断する姿にぐっとくる。そこに至る過程が重要だというのに、一部ネット書店ときたら…。あらすじに目を通してしまったという方、どうか読むのをやめないで。

 貫井さんの長編の中では最も「読みやすい」作品だろう。実際すいすい読み進んだが、複雑な気持ちもしないでもない。『慟哭』に代表されるダーク系作品を読んでいたから、コメディ路線に新鮮さを感じたのも事実だ。ダーク路線あってのコメディ路線なのである。

 本作で貫井徳郎を知った読者は、ダーク路線にどんな反応を示すだろうか。この読みやすさでファン層が広がるなら、それはそれでいいかもしれない。



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