岡嶋二人 03


あした天気にしておくれ


2007/04/09

 岡嶋二人競馬三部作のとりを飾る本作の生命線は、ずばりトリックだ。

 トリックといえば殺害トリックや密室トリックであることが多いが、本作のトリックとは身代金受け渡しのトリックである。身代金の受け渡しは、犯人にとってもっとも危険で、警察にとっては最大のチャンス。いかにして自らの安全を確保し、身代金を手に入れるか。

 身代金ということは、本作は誘拐ものかと思ったあなた。そう、誘拐ものです。ただし、誘拐されるのは馬。北海道の牧場から二億三千万円のサラブレッド「セシア」が盗まれた。届いた脅迫状は、身代金として二億円を要求していた…。

 本作は、『焦茶色のパステル』で第28回江戸川乱歩賞を受賞した前年に、最終候補に残っている。あとがきで触れているが、選考会ではトリックの実現可能性が問題とされたという。両氏によれば、当時の競馬場のシステムの盲点を突いたトリックは、応募時点では実現可能だった。ところが、選考会の時点ではシステムは変わっていたらしい。

 現在のシステムはさらに様変わりしているのだろう。繰り返すが、本作の生命線はトリックだ。だが、生命線を絶たれた現在、本作に読む価値がないのかといえばそんなことはない。その「逆転の発想」は今でも光っている。今回再読してみて、改めて唸らされた。

 そして実は、この誘拐事件には「裏」が、いや「裏の裏」がある。トリックを最大限に活かすために、構成面でも凝りに凝っているのである。『七年目の脅迫状』にはやや辛辣な感想を書いたが、本作の主人公は常に緊張を強いられる。自業自得ではあるが…。

 競馬場のシステムが変わるのがもうすこし先だったら、岡嶋二人は本作で第27回江戸川乱歩賞を受賞しデビューしていたのかもしれない。何というタイミングの悪さ。だが、岡嶋二人は落選にへこたれなかった。そしてミステリー史に名を刻んだのだ。

 トリックに手を加えることなく、本作は刊行された。それは自信の表れだ。



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