Overseas Ellery Queen

ローマ帽子の謎

The Roman Hat Mystery

2006/02/21

 北村薫さんの超マニアックな一作『ニッポン硬貨の謎』を読んだ直後、僕は「別に海外物の古典を知らなくてもいいや〜」と思ったが、一方で悔しいという気持ちも燻っていたのだろうか。ある日ふと、クイーンの国名シリーズを制覇しようかと思い立った。

 本作は、ニューヨーク市警の警視リチャード・クイーンと、その息子で推理作家のエラリー・クイーンが活躍する国名シリーズの記念すべき第一作にして、マンフレッド・リーとフレデリック・ダネイによる共同作家エラリー・クイーンの処女長編である。初版刊行は1929年のこと。結論から言うと、この面白さは今読んでも色褪せていない。

 上演中のローマ劇場の中で、正装の弁護士が死体となって発見された。シルクハットが紛失していることが唯一の手がかりなのだが…。

 現場は密室というわけではないし、殺害方法もはっきりしている(とはいえ触れずにおこう)。何が凄いかというと、「シルクハットが紛失している」という状況証拠だけから真犯人を絞り込む論理展開の緻密さである。一応「では謹んで読者の注意を喚起すること」から先に進む前に考えてはみたのだが…完敗したのは言うまでもない。

 息子のエラリーに頼り切り、捜査の現場に連れ回すリチャード・クイーン警視。そんなの許されるんかいと思わないでもないが、クイーン親子のコンビはシリーズの大きな魅力と言える。嗅ぎたばこを愛好する警視は、部下にてきぱきと指示を与える一方、息子に弱音を吐く。そんな人間味溢れる父のあしらい方を、息子は心得ている。

 「現代物」であるだけに、推理の前提である当時の世情や風俗はむしろ新鮮に映る。現在の目から見て気になる差別的表現もあるが…。それにしてもだ、ロジックの美しさと比較して、最後に犯人を追い詰めた手段には…苦笑せざるを得ない。

 綾辻行人さんの『十角館の殺人』に端を発する新本格論争を、僕はリアルタイムには知らないが、これだけは確かだ。本格の形式美と人物の魅力は1929年に両立されていた。



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