瀬名秀明 08


デカルトの密室


2005/09/05

 小説としては3年ぶり、長編としては実に5年ぶりとなる新刊である。小説家瀬名秀明の名が、久しぶりに書店の棚を飾る。即座に購入はしたものの、タイトルからして難物であろうことは覚悟していた。デカルトという哲学者の名だけは聞いたことがあったが。

 やはりと言うべきか、エンターテイメントと呼ぶにはあまりにも難物であった。「心」とは何か。『BRAIN VALLEY』では、このテーマに脳科学からアプローチした。難解は難解だが、少なくとも議論の流れを掴むことはできた。ところが、本作はどうか。哲学、倫理、道徳…。敢えてこういう言い方をさせていただくが、文系的なアプローチである。

 年代は明記されていないが近未来が舞台。ロボット技術は、外見や動作だけなら人間と変わらないところまで進んでいる。そうなると残されたテーマは「心」である。人工知能の研究者たちは"Artificial Intelligence"の人間らしさを追求する。だが、人間らしさとは何だ。

 主にケンイチという少年型ロボットの目を通して物語は進む。生みの親であるロボット工学者の祐輔、進化心理学者の玲奈と共に暮らしながら「心」を育むケンイチ。彼らの前に現れた、真の知能の自由を標榜する存在。それはケンイチを揺さぶり、やがて選択を迫る。

 「敵」(なのかな)が最新の科学を駆使する一方、その主張には正直なところ詭弁を弄しているような印象しか受けない。少なくとも僕は魅力を感じない。それでも祐輔が反論を試みつつも言葉に詰まるのは、的を射た部分もあるからである。都合よく育てているだけではないか。それは自律と言えるのか。読者の僕が「フレーム問題」を起こしそうだ…。

 もう一つ触れておかなければならないのは、本作において瀬名秀明自身が作家としての立ち位置を探求している(ように僕は感じた)点である。同時に、読者の立ち位置という問題を投げかけてもいる。こうしたいわば「物語論」的な要素は、『八月の博物館』にも見られたものである。賛否両論があるだろうが、一つ言えるのは、専業作家になっても瀬名秀明は研究者だということだ。議論を尽くす真摯さには敬意を表したい。

 そういえば、『スタートレック ザ・ネクスト・ジェネレーション』には感情の獲得を望むアンドロイドのデータ少佐が登場する。時は24世紀。「心」の研究はまだ果てしないのだろう。しかし、データ少佐が「不気味の谷」を克服しているのは確かである。



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