真保裕一 21


真夜中の神話


2004/10/12

―代表作は、その作者のイメージを固定してしまうのである。もちろん、代表作に巡り会えただけ、その作者は幸運だ。しかし、代表作が読者に与えたインパクトとイメージは強く残り、その後も必ず作者について回る。

 これは紀行エッセイ集『クレタ、神々の山へ』の「はじめに」からの抜粋である。思い当たるふしが大きいだけに苦笑してしまった。ここで言う代表作とは『ホワイトアウト』を指す。読者とは酷なもので、「代表作」が生まれると次作以降の評価基準をそこに置いてしまうのだ。新たな「代表作」が生まれれば、基準も上がる。

 『ホワイトアウト』を意識したわけではないだろうが、真保裕一さんの新刊は冒険活劇色が強い作品に仕上がっている。航空機の墜落事故という衝撃の幕開け。インドネシアを舞台にした、一人の少女を巡る大追跡行。

―いつまでも同じ地点に立って似たようなことを書いていたのでは、物書きとしての進歩は見られないし、作者自身の関心も少しずつ変化していく。

 こちらも先に挙げた「はじめに」からの抜粋である。実際、ここ数年の作品では新たな試みに取り組んできた。いつでも質は高い。しかし、読者である自分は「新たな試み」を評価する以前に「代表作」との比較をしていなかったか。

 『ホワイトアウト』に代表される冒険物。『黄金の島』における日本へのアイロニカルな視線。航空機事故から奇跡の生還を遂げた主人公が奔走し翻弄される様は、初期の「小役人」シリーズを彷彿とさせる。これまでの作品のエッセンスに、やはり新たな試みが加えられた。真保さんの創作手法を考えれば、驚くべき試みだ。

 この「試み」は、「代表作」と比較されることに対する一つの回答であると同時に、決意表明でもあると僕は感じた。真保裕一は、割り切って似たような話を量産する作家にはならない。その意気込みを買おうじゃないか。『ホワイトアウト2』など読みたくない。



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