真保裕一 33


猫背の虎 動乱始末


2012/04/14

 真保裕一さんの3作目となる時代物である。歴史色が極めて濃かった『覇王の番人』、『天魔ゆく空』と比較すると、今回は趣きがかなり異なる。

 安政二年十月二日、江戸を直下型大地震が襲った。この非常事態に、新米同心の虎之助は、臨時の市中見廻り役を拝命し、十手を預けられる。虎之助は混乱した市中を這いずり廻り、様々な難題に突き当たる。やがて、尊敬する亡き父に疑惑の影が…。

 安政江戸地震は史実である。安政元年にはペリーが江戸湾に再来し、日米和親条約が結ばれた。大老井伊直弼による安政の大獄が始まるなど、年表を見ただけでも激動期であったことがわかる。 このような歴史的背景があり、テーマ的に東日本大震災と重ねてしまうが、本作自体は純然たる捕物帖と言っていいだろう。

 作中に描かれる、大地震に運命を翻弄された市井の人々。連作短編集の体裁だが、各編で完結する事件の一方、全編を通して真相が浮かび上がる事件もあり、なかなか凝った作りである。時代物には珍しいトリックの要素は注目に値する。

 虎之助の人物像も興味深い。身の丈六尺という偉丈夫だが、家では母や姉たちに頭が上がらず、背中を丸めている。それであだ名が「猫背の虎」なのだ。一見頼りなさそうだが、頭は働くし、松五郎や新八が支えてくれる。しかし、自身の恋愛となると…。

 本作には、安政江戸地震への幕府の対応に、東日本大震災への現政府の対応を重ね、批判する意図が感じられる。作中、幕府批判の読売が出回り、虎之助たちは後始末に追われるのだが、こちらのインタビューによれば、しっかと地に足をつけて生きていこうとする人々の力強さや懸命さを描きたい、と思ったとのこと。

 そういう趣旨ならば、なるほど虎之助という主人公は打ってつけかもしれない。確かに、彼の存在は重くなりがちなテーマを和らげている。しかし、本作に描かれなかった無数の声なき声に、もっと耳を傾けるべきと思ったのは僕だけだろうか。

 被災地が元気に頑張る姿だけ伝えれば、もう復興したという印象を与えてしまう。あくまでエンターテイメントと割り切るべきなのかもしれないが。



真保裕一著作リストに戻る