殊能将之 05 | ||
樒/榁 |
本作は、講談社ノベルス創刊20周年記念の書き下ろし競作『密室本』の1冊として刊行された。このシリーズはページ数が抑えられており、本作も120pほど。感想も書かずにいた本作を再読する気になったのは、殊能将之さんの訃報を耳にしたからである。
本作は、「樒(しきみ)」「榁(むろ)」という短編2編からなる。つくりの部分を繋げると「密室」。どちらも実際に存在する植物である。ちなみに、「樒」は花や葉、実、さらに根から茎にいたる全てが毒で、「榁」とはネズの別称だという。
おそらくタイトルに大きな意味はない。この漢字を使いたかっただけなのではないか。『黒い仏』で大いに戸惑った後、『鏡の中は日曜日』ではパク…いや、茶目っ気たっぷりで楽しませてくれた。本作もまた、当時の人を食った路線の流れを汲んでいる。
「樒」。ひなびた温泉街からほど近い荒廃した神社から、ご神体の「天狗の斧」が盗まれた。やがて、斧は密室状態で発見された。宿泊客が出てこないという訴えに、旅館の部屋の扉を破ると、客は死んでいた。天狗の斧で頭を割られて…。
序盤から崇徳院に関する薀蓄が出てくるが、ここを読み返していれば、NHK大河ドラマ『平清盛』が少しは理解できたかもね。しかし…事件そのものには関係あるようなないような。そしてこの真相。ある意味最も救いがない…。
「榁」。あれから16年。ひなびた温泉街は観光客でにぎわっていた。そして、別館も建つほど繁盛しているあの旅館の同じ部屋で、16年前と同じようなシチュエーションの密室が…。考古学論は興味深いが、真相に脱力…。いや、忘れていたけど。
作家殊能将之が残した作品群の中で、本作は取り立てて語るほどの作品ではないかもしれない。でも、楽しんで書いたのだろうと再読して感じた。今一つ噛み合っていない薀蓄も、全編のライトさも、何だか愛おしい。もうこのライトさを味わうことはないのだ。