鈴木光司 01


楽園


2000/07/27

 鈴木光司といえばホラーの作家と多くの人が思うだろう。鈴木さんのデビュー作である本作は、そんな方が読んだら意外に思うかもしれない。本作はホラーではなく、ファンタジーなのだから。

 「一万年の時と空間を越え、愛を探しつづける壮大なファンタジー」とは文庫版裏表紙からの引用である。この紹介文を読んだ第一印象は、きっついなあこれ…であった。この設定は絵に描いたようなファンタジーではないか。しかし、読んでみたら素直に面白いと思った。鈴木光司は『リング』シリーズだけじゃない。

 時代は大きく三つに分かれている。第一章「神話」は太古のモンゴル。第二章「楽園」は18世紀の南太平洋の小島。そして第三章「砂漠」は、現代のアリゾナの地底湖。当然ながら登場人物はそれぞれ違う。しかし、そこには一つの強い意思が存在する。

 太古のモンゴルに生きる遊牧民族、タンガータ族のボグド。彼がある部族の法を破ったことから、物語は始まる。愛するファヤウを失ったボグドは、伝説の赤い鹿の精霊に導かれ、最愛の妻を追って旅に出る。

 時代は変わって第二章になると、「愛」よりも「戦い」が浮き彫りになる。漂流した者が生き残るための「戦い」。楽園と呼ぶに相応しい島を侵略する者たちとの「戦い」。そして、愛する者を我が手にするための「戦い」。ジョーンズに戦うことを教えた男、タイラーが強烈な印象を残す。個人的には、第二章が一番好きだ。

 そして第三章。ネイティブアメリカンの血を引く、作曲家のレスリー。ボグドの血を引くと言うべきか。そのワイルドな外見からは想像もつかない繊細な感性の持ち主である彼が、ある作曲依頼を受けてアリゾナの地底湖に赴くが…。

 結末は出来すぎじゃないかと思う人もいるだろう。僕もそう思った。しかし、僕が思うに『リング』シリーズ三部作よりも完成度はずっと高い。『リング』シリーズの陰に埋もれてしまった本作にこそ、鈴木光司の原点がある。



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