高村 薫 03


わが手に拳銃を


2001/12/10

 今にして思えば、最初に読んだ高村作品『マークスの山』は、難解と言われる氏の作品の中でもかなり読みやすい作品だったと思う。ようやく読み終えた三作目の高村作品は、やはりと言うべきかかなりの難物であった。

 主人公の吉田一彰は、少年時代に大阪の町工場で母を撃たれた。15年後、大学生となった一彰は母を撃った男を捜していたが…。

 そんなに長い作品ではないのになかなか読み進まなかった。背後関係の複雑さ。叩けばいくらでも埃が出そうな人物たち。理由は色々あるが、一彰の意図が見えないこと、そしてリ・オウなる人物のつかみどころのなさが最たる理由だろう。『黄金を抱いて翔べ』には、少なくとも金塊強奪という明確な意図があった。

 "Happines Is a Warm Gun"というビートルズの曲がある。「温かい銃」とは、発砲直後のぬくもりが残る銃を意味する。一彰の場合は"Happines Is a Cold Gun"とでも言おうか。彼は銃を撃つことを望んではいない。数々の工作機械と特殊工具を駆使し、彼はひたすら銃を削る。その仕事ぶりは、職人芸を通り越し偏執狂とさえ言える。 

 ある発砲事件を機に、一彰は銃に魅せられた…のか? しかし、リ・オウの射抜くような目は、それ以上に一彰を魅了したのか? ということでいいんでしょうか、高村フリークの方。一彰とリ・オウの友情物語と解釈するには、一彰の態度はどっちつかずすぎる。恋愛に喩えれば二股、いやそれ以上か。リ・オウは義理堅い男だ。

 高村作品にわかりやすさ、明快さを求めてはいけない。闇に生きる人間たちの駆け引きの妙に何かを感じ取れるかどうかで、高村作品にはまるかどうかが決まる。とりあえず僕はそう結論付けている。僕はまだ、はまるには至っていないようだ。

 なお、近々WOWOWで映像化される『李歐』は、本作を下敷きにした書下ろしとのことである。『李歐』を読めば、本作がもう少し理解できるのだろうか。一彰がリ・オウに魅せられた理由が、僕にもわかるだろうか。



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