和田 竜 03


小太郎の左腕


2011/09/17

 新しい時代小説の旗手、和田竜さんの最新作は、実在の人物が登場しない純然たるフィクションである。もちろん『のぼうの城』も『忍びの国』もフィクションだが、史実に立脚した物語であった。史実を排した戦国物というのはあまり聞いたことがない。

 西国の雄・戸沢家の「功名漁り」こと林半右衛門と、敵対する児玉家の「功名餓鬼」こと花房喜兵衛は、互いに認める武人。この2人の人物像に、まず惹き込まれる。時代考証を巧みに利用し、フィクションでありながら、仰々しい演出にも納得させられる。

 鉄砲伝来から13年後の1556年、戸沢家と児玉家がついに激突。戸沢家当主・利高の甥で、後継者と目される図書(ずしょ)が先鋒を任されるが、正面から戦いを挑んで側面を狙われ、敗走する始末。大幅に戦力を失った戸沢家は、籠城せざるを得なくなる。

 林半右衛門も喜兵衛も、武人とはいえ勝つための計略は巡らせるし、手段を選ばぬ冷酷さも持ち合わせている。喜兵衛の秘策で、籠城している戸沢家はさらなる窮地に…。城内の惨状を見るに及び、半右衛門も鬼になることを決断した。

 戸沢家の秘密兵器こそ、タイトルにもなっている少年・小太郎である。雑賀衆の血を引く小太郎は、鉄砲の名手だった。現在より性能の劣る火縄銃で、射程距離よりはるか遠くから、百発百中。ゴルゴ13どころではない。フィクションだから許される設定だろう。

 半右衛門は策を弄して、小太郎を戦場に引っ張り出すことに成功する。ところが、半右衛門は自らの打った手に苛まれるのだった。実際、強硬手段に出たことに驚いた。一方、あのような先手を打ったことを、喜兵衛は割り切っているのだろうか。

 終盤に入ると、物語の焦点はもはや戦の勝ち負けではない。半右衛門が、いかにして武人たる自分を取り戻すのか。同じ武人同士、喜兵衛には半右衛門の意向がわかっていた。この結末をせめてもの罪滅ぼしと見るか、武人の矜持と見るか。

 実在しない武将の無骨さと不器用さに感じ入った。



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