若竹七海 02


心のなかの冷たい何か


2006/01/16

 本作の初版刊行は約14年前。それから現在までに、作中に手記として描かれた犯罪は枚挙にいとまがなくなった。文庫版あとがきで若竹七海さんは言う。犯罪は虚構のお楽しみだ、現実に出しゃばってほしくない、と。それでも、本作は決して色褪せていない。

 デビュー作『ぼくのミステリな日常』で、社内報の編集長に抜擢された若竹七海が主人公だが、いつの間にやら失業中である。やっぱりあの連載に原因が? 紆余曲折を経たためか人物像がすっかり変わっている。まるで『プレゼント』の葉村晶みたいに。

 失業中の若竹七海が旅先で知り合った一ノ瀬妙子。その自己中心さで強烈な印象を残した彼女が、電話でクリスマス・イヴの約束を取り付けた後に自殺を図り、植物状態に陥る。悲報に触れた直後、妙子の『手記』が届く。その内容は戦慄すべきものだった。たった一度会っただけの妙子の友人として、七海は真相に迫ろうとするが…。

 前半に当たる第一部では、探偵活動と『手記』の内容が交互に語られる。『手記』の中で、自らを選ばれた人間と称してはばからず、嬉々として犯行の様子を語る男。一方で、内なる衝動への葛藤も読み取れる。『手記』の微妙な変化に呼応するように、探偵活動はじわりと真相に肉薄していく。この周到なまでの構成。第一部だけでも立派にミステリーだ。

 第一部だけで十分に驚いたのに、第二部でさらに人間の心の深淵を知ることになる。会う人会う人誰もが言う。妙子に友人などいない。どんなに人間の暗部を見せつけられても、七海は妙子の友人を名乗り、追究の手を緩めようとはしない。何が七海をそこまで駆り立てるのか。正義感なんかじゃない。好奇心でもない。意地とも違う。

 「心のなかの冷たい何か」を、誰でも抱えている。七海が会った関係者たちも、七海自身も。多くの人は、心との折り合いをつけて生きている。だが、それができない人間が本作刊行当時より確実に増えている。七海の探偵活動は、自らの心と折り合いをつけるためではないか。僕自身が、本作を読んで何かと折り合いをつけようとしている。

 最近、書店に行くと安易に感動を煽るような帯が目に付く。ここに感動はないが、剥き出しで鋭利な人間の心が読者の胸を突くだろう。



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