松川上流部 大平2001年初秋

今年の雪はとても深くて、いろいろな被害を与えました。
米沢の南部、李山地区から、大平地区、そこを抜けて、山道を登ると、秘湯で有名な、大平温泉があります。雪の被害は大平温泉への林道の土砂崩れを起こし、7月末まで、一般車両は通行止めとなっていました。大平温泉への利用客の送迎で、温泉の車が登り降りしていましたが、写真撮影のために通行はできませんでした。友人のY氏は、吾妻山より、歩いて降りてきたために、通行可能だったということですが、7キロはある林道を、歩いて行く気力はでませんでした。歩くしか方法が無い場合は、歩いて行ったかもしれませんが。

大平の集落より、林道を入る。しばらく上ると、東側が開けてくる。
ここらへんが、今年の大雪で、土砂崩れのため、通行できなくなった場所。東側を見ると、松川の支流の「横川」の流れがかすかに見える。横川と並行に走る、林道のほうがはっきりと見えるのだが。
(2001.9.1 E950)
林道を登ることしばし。火山特有で、急な登りのあとに、平らになる。
平らな道をずっと行くと、小屋が見える。不忘閣(ふぼうかく)と呼ばれる、管理人のいない、非難小屋だ。小屋の前には、涌き水があり、これでお茶を飲もうと、大学時代は、よくバイクを飛ばしてきたものだった。小屋はだいぶくたびれてきたが、手入れをした形跡があり、非難小屋としては、使用できる状態にある。中を見てみたが、以前は、ダルマストーブで、暖を取れる状態だったが、今は、ストーブが壊されて、暖はとれない。心無い人が、おもしろ半分、壊したのだろうか。山で、天候が急変して、非難小屋に逃げ込んだ経験があれば、このようなことは、できないはずだが、自家用車でこれる場所というのが、まずいのかな。もうちょっと、林道から外れていればなあ。
ちなみに、二階のドアは、冬の積雪時の入り口です。雪国以外の方のために、念のため。
(2001.9.1 E950)
大平温泉の駐車場から、天元台方面を見る。今はアスファルトで舗装して、硫黄鉱山の跡地からの鉱毒が流れ出ないようにしてあるのが見える。以前は、あの鉱毒のために、生物の棲めない松川だった。
そのため、ここの大平温泉付近の松川上流には、昔からの生物が棲んでいます。
(2001.9.1 E950)
温泉の駐車場からは、林道を歩いて下ります。下り始めてすぐで、北方面が開けます。あの谷間を、松川上流が流れて行きます。
米沢市内がわずかに見えました。
(2001.9.1 E950)
駐車場から、数百メートル下ると、つり橋に到着。このつり橋の下が松川。つり橋の向こうが、大平温泉。
谷間の薄暗いつり橋は、なかなかの雰囲気。さすが、秘湯で売っているだけのことはあります。
ナナカマドの葉がすこし色づいたものもありました。
(2001.9.1 E950)
つり橋から下を見る。
雨の後のためか、水は茶色になっている。
(2001.9.1 E950)
つり橋から、大平温泉を見る。ほんとは、このまま川をさかのぼって行きたいところだが、川のそばが、露天風呂のため、カメラをぶら下げた中年がうろつくと、捕まってしまいそうなので、やめた。

なお、温泉の前の看板には、ここが最上川の源流であるということで、不動様の説明があった。
松川が最上川の源流である説には、大賛成。
(2001.9.1 E950)
大平温泉の建物。木造三階建てというふれこみだったが、現在は、鉄骨で補強しているので、近代化してしまった。しかし、電気は来ていないため、発電機で起こしているので、秘湯には違いない。
(2001.9.1 E950)
温泉への道から少し入ると、滝が見える場所がある。
(2001.9.1 E950)
これも別な滝。ここからは3つの滝が見える。このほかに、大きな滝が2つある。
(2001.9.1 E950)
今年、6月27日、大平温泉、滝見屋のご主人、安部忠昭氏がなくなられました。氏は、米沢市および周辺の、アマチュア無線普及のため、ご努力なされたかたで、養成講座管理者を長らくされ、数多くのアマチュア無線家を育てられました。
私の属していた、JA7YABのかわいい後輩も、氏との交流で、楽しい大学生活をおくったと聞いています。まだ、お若かったのに、たいへん残念なことです。
また、大平温泉に行ってみます。安部さんの顔を思い出しながら。
松川 大平2001年初秋
(2001.9.4)


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