『補習授業』2 その後の補習は苛烈をきわめた。 初日の補習は、説明についていくのが精一杯。 2日目は、1日目の補習に疲れきって眠ってしまったおかげで、予習が不十分な事を看破されたあげく補習時間の延長を申し渡され、 3日目には、補習だと言うのにこの3日分の学習内容について、抜き打ちの小テストが行われ、 4日目に至っては………はぐったりと机につっぷしていた。 「ちゃ〜ん。4時間目、終わったよ〜」 お弁当食べようよ〜という声と、いつもの調子で珠美が机をガタガタと向きを変える音で、やっとは起き上がった。 「………終わっちゃった?」 「うん。とっくに」 やはり、二人に手を振って帰っていくクラスメイト達を見送って、弁当を広げる。 「ちゃ〜ん、大丈夫〜? さっきも思いっきり寝てたけど、顔色あんまり良くないよ〜?」 「う〜ん、昨日どうしても分からない処があってさ……。そこからどうしても進まなくって。」 大きなあくびが一つの口を突いて出てくる。 「あんまり寝れなかったんだよね」 切実な、うめきにも似たの返事に、それを受ける珠美の顔に何ともいえない、渇いた笑いが浮かぶ。 「ちゃん〜、なんて言っていいか分からないけど〜………がんばってね」 「………ぅん」 珠美にそんな顔をさせる程自分はヒドイ状態なのだろうか、とそんな事を情けなく思いつつも、気分を切り替えて、弁当を口に運ぶ。 「それにしても、後1問なんだよ〜。 それさえ埋まれば、今日の予習は完璧!今日こそは氷室先生に叱られずに済む!と思ったのに………、タマちゃん、分からない??」 と行儀悪く箸を口に咥えながらゴソゴソと問題の載ったプリントを取り出す。 「え?数学〜?! わたし、数学ダメ〜。ごめん。役に立てなくて」 チラッと見て数学であると分かった途端、受取もしないで断られてしまい、プリントは行方を無くす。 だよねぇと、もため息をついて肩を落とす。 大体この世の中に、数学がダイスキだって人間がどの位いるというのだろうか。 だって数学なんて好きじゃない。 むしろ苦手だ。 そして、この数ヶ月かけて築いてきた友人関係の中にも、そんな奇特な人物を思い浮かべる事はできなかった。 ――あ、でも氷室先生は数学、好きなんだろうなぁ………。 ――なんてったって数学の先生なんだし。 たった一人思い浮かんだ人物は当の補習の講師であり、それでは意味がない。 ふとあたりを見回すと、ちょうど廊下を通り過ぎようとしている人物がいた。 「葉月くん!」 すらりと高い背、色素の薄い明るい茶色の髪、そして整った顔立ち………モデルをしているのも頷ける恵まれた容姿。 入学式の直前、学園内の教会で初めて出会った時には、思わず見惚れてしまったほどだ。 後から、運動神経抜群でスポーツ万能、加えて成績優秀と聞いた時には、天はニ物も三物も与えるのだと、更に驚いた。 しかし、そんな人物ならさぞかし人気者なのだろうと思いきや、言葉数少なく、愛想も悪くどこかいつも人を寄せ付けず………。有名人なのは確かなのだが、同級生はおろかクラスメイトすらも、彼の事は遠巻きに見ている感が否めなかった。 「………ん?…お前か」 「ね、今急いでる? あのさ、教えて欲しい問題があるんだけど………」 「………どれ?」 彼にプリントを渡し、件の問題を指し示す。 「ここなんだけど、どうしても分かんなくって………ごめんね?」 「………ぃや。……ペン、貸せ」 彼はざっと問題を一瞥すると、さらさらとプリントに解答式を書き連ねていく………と、あっという間に解き終えてしまった。 「……ほら」 「あ、ありがと〜!」 ――やっぱり………頭の構造が違うんだろうか。 自分が一晩悩んだ問題、それをいともあっけなく解いていく彼に、そんな事を考えて呆然としていたに、解答済みのプリントが返ってくる。 「がんばれよ……、補習」 「ぅ……っ、知ってた、の?」 「こないだ、大声で叫んでたろ?」 「………そうでした」 礼を云い葉月を見送ったが、弁当箱の前に戻ると、驚いた顔をした珠美が待っていた。 「ちゃん〜、葉月くんと仲いいんだね〜」 「ん?そう?普通に友達、だよ?」 ニコニコと笑いながらもビックリした〜を繰り返す珠美に、苦笑しながら、残りのお弁当を食べる。 彼、葉月珪は、にとって高校生活一番最初にできた友人という事と、弟の尽が彼に強引にの電話番号を教えた経緯もあって、こうして普通に、会えば声をかけたり喋ったりしている。 ――そうでなかったら、やっぱり遠くから見てるだけ、だったのかな? ――それは、何か淋しいと思う。 「あ、大変〜。もうこんな時間だよ〜!」 と、ちっとも大変そうに聞こえないタマちゃんの声に我に返れば、時計の針は既に12時45分を示している。 「うそ!遅れちゃう!!」 慌てて弁当の最後の一口を飲みこむと、あたふたと準備をして学習室へと向かった。 遠くで聞こえる蝉時雨と、パラリと紙をめくる音だけが室内に響く。 提出されたプリントを、黙ってその内容に目を通す氷室の前で、はじーっとその様子を見守っている。 「………結構。大変よく予習・復習されている様だ」 パサリと手に持っていたプリントを机に置いて、彼が言った。 「は、はい!」 その返事に、の顔がパァっと明るくなる。 『やった!』と快哉を叫びたい処であるが、今はそうも行かない。心の中で密かにガッツポーズを決める。 そんなの様子をどう受け取ったものか、この年若く厳しい担任の顔にも微笑が浮かぶ。 「勉強に対して意欲が出てきた様だな。この調子で頑張りなさい」 その思いがけない微笑に、は驚き言葉を失い、思わず担任の顔を見つめる。 入学式以来この数ヶ月、彼のそんな表情を見たのは初めてだった。 が、そんな驚くの返事を待たず、彼の感心は既に別のことに移っていた。 「時に」 「は、はい」 「この問題についてだが………、今、ここでこの解答式について説明してみたまえ」 机に置いたプリントをめくりながら、一つの例題を指し示す。 その例題は………やはり、というかなんと言うか、最後まで悩んでも分からなくて、葉月に解いてもらったあの問題で。 は即座に言葉に詰まる。 「あの………まずyをxで表して、これを代入してyがこうなると………」 葉月の式を見ながら、しどろもどろに言葉を紡ぐが、やはり途中で分からなくなり、途方にくれる。 「………すみません。分かりません」 そんな様子のに、やはりといった様子で氷室が小さくため息をつく。 「友人に教えを請うのは結構な事だが、君自身が理解出来ていなければ意味はない」 よく考えてみれば、あの解答だけ筆跡が違うのだ。 それが何を意味するか、見え見えだろう。 その時、学習室の扉をノックする音が響いた。 「氷室先生。そろそろ時間ですよ」 「分かりました。すぐ行きます」 も見たことがある隣のクラスの担任だった。 「、………先ほどの答えはほぼ合っている。 君であればもう少し考えれば分かるはずだ。落ち着いて考えてみなさい」 しょぼんと肩を落とすに向かってそれだけ言い置くと、席を立つ。 「悪いが、わたしはこれから職員会議に出席しなくてはならない。 その問題が解けたなら別のプリントを進めていなさい。」 「はい……」 部屋を出て行く背の高い氷室の姿を見送って、はため息をつきながら机にうつぶせた。 |
>BACK >>GSトップへ 素材提供:Angelic〜天使の時間〜様 ………長くなってしまいました(^^;;; それもこれも、ついつい王子に勉強教わりたかったからです………スミマセン しかも先生出番少ないし(T▽T) そんなこんなで補習はもう少し続きます〜。 次こそ、次で完結予定です〜(^^) こんな処まで読んで頂いてありがとうございました。(^^) |