『月の音』 4


毎月、第三日曜日は吹奏楽部の全体練習の日である。
それは勿論吹奏楽部も例外ではない。
普段は、個人やパートリーダー、それぞれの意思や判断で練習が行われるが、この日は違う。
顧問である氷室の指導にそって1日のスケジュールが組まれ、朝から午後まで丸一日みっちりと部活動を行うのである。
午前中は個人的な基礎練習に始まって、その後パート練習、午後からは合奏をメインとした合同練習が行われる。
にとっては3度目の全体練習である。
休んだら即退部、と入部時に脅かされていた事もあり――それは確かに脅しではなく事実であったが――初めての全体練習の時の前日には戦々恐々としていたものである。
うっかり遅刻して退部なんて事になったら笑うにも笑えない。
そして、発表の場となる文化祭が近づきつつある今、否が応にも部の緊張(テンション)は高まりつつある。
ソロパートのあるにとっては、尚更である。
だがしかし、今こうなっては練習の時間は何よりも欲しい。
その日、普段よりも随分早く、は家を出た。


10月も下旬となれば、随分気温も下がってくる。
衣替えしたばかりは暑さを感じた冬服も、日中は多少汗ばむことはあっても、ひんやりした早朝の空気の中では心地よかった。

――まず最初に、鍵を借りなくっちゃ。

時刻は7時過ぎ。この時間であれば、まだ誰も来ていないだろう、そう思った。
けれど、教職員の誰かはきっといるだろう。
それを確かめる様にふと視線を上げれば、職員室ではなく、その奥の校舎の4階――すなわち音楽室の、窓が開いている。
と、なれば………それは既に誰かがいる、という事で。

――誰が来ているんだろう?

そんな疑問に急かされる様に、は小走りで音楽室に急いだ。


・◇◆◇・


「おはようございます!」

勢いこんで開けた扉の向こうは、静かだった。
その静寂を破ったの挨拶に、明確かつ簡潔な挨拶が帰ってきた。

「おはよう」

少し窓にもたれ、手にしていた楽譜から目を上げてを見る、その長身の人物は間違えようも無い。

「………ひ、氷室先生?」
「――何だ?」
「ぃえ………何でもありません」

意外の感に打たれて立ちすくむを、訝しげな彼の視線が問う。
その視線にふと我に帰り、はいつもの席に向かった。

鞄を置き、譜面台を組み立て、楽譜を開く。
その楽譜を譜面台に置きながら、はドキドキと自分の胸が少しいつもより鼓動を早めているのを感じていた。
コワイわけではない。
緊張しているわけでもない。
――ただ、少し驚いたから………。
自分でも少し意外な状態にそう理由を付け、言い聞かせる。

多少落ち着いて考えてみれば、彼が今ここにいるのは今日の練習の準備の為に違いない、と思える。そして、それはいかにも氷室らしく、少しも意外な事じゃない。
そう思えば、準備が終わる頃にはその鼓動も収まった。


「今日は随分と早い様だが……」
「はい。あの……練習が始まる前に、少し練習しようと思って」

その返事に、再び楽譜から上げられた目が、ゆっくりとを見た。

「――そうか。練習に対して意欲が出てきたようだな。結構」

淡々とした言葉の中に、少し………ほんの少しだけ満足そうな響きが感じられるのはの気のせいだろうか。

「過程は重要だ。が、しかし結果が伴わなければ意味はない」

彼、氷室の手の中でパタンと音を立て、楽譜が閉じられた。
そして、メガネの奥の目がまっすぐを見た。

「――その成果を楽しみにしている」
「は、はいっ。頑張ります!」

その後の言葉は全くいつも通りの………いや、むしろいつも以上に冷徹さを感じさせるもので、その言葉に反射的にの背筋が伸びる。
そんなの反応に「よろしい」と彼が頷いた時、再び音楽室の扉が開いた。

「おはようございます」

聞き覚えのある声に二人が振り向けば、どこか眠そうな部長が立っていた。
淡々と挨拶を返す氷室に対して、いかにも残念そうな口調でがっくりと肩を落とす望月部長の姿は妙に対照的で可笑しい。

「あ〜、今月も先生に勝てなかった………。一体、何時に来てるんですか、先生は……」
「何時であろうが、諸君らには何ら関係ないと思うが?」
「それはそうかもしれませんが………って、あれ?さん?」

と、ここに至ってやっと彼はの存在に気が付いた様だ。

「おはようございます」
「おはよう。今日は随分早いんだね。
 氷室先生はともかく、他の人にも負けちゃうとは思わなかったよ」

ぽりぽりと頭をかきながら、やれやれとに苦笑してみせる。
そんな笑顔に、自然の口元に笑みが浮かぶ。

「少し早く来て練習しようかと思って。
 あ、でも、氷室先生の方が早かったですけど………」
「そうなんだ。偉いね。 はは、やっぱりそれでも氷室先生には勝てなかったんだ」
「でも、部長もいつもこんな早く来てるんですか?」
「そりゃぁ、部長ですから。 でも、いつもはもう少しゆっくりかなぁ」

そして「もうじきみんなも来るよ」と続けられた言葉の通りに、続々と部員が集まり始めた。

「それじゃ、せっかくみんな早く来た事だし、一緒に練習しようか」

こうして、この日の練習は始まったのである。













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2003.07.17.

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素材提供:Angelic〜天使の時間〜















少し間があいてしまいました(^^;
今回はキリがいい所で、という事で、その癖少し短いという………すみません

今回は何か書くとネタバレっぽくなってしまいそうなので
後書きは省略させて頂きますね。
楽しみにしてらっしゃる方がもしいらっしゃいましたら、ごめんなさい〜(^_^;A
(い、いらっしゃるのか? そんな奇特な方が本当に……)

まだ、このシリーズは続いていきます。
こんな処まで読んで頂いてありがとうございました。(^^)