『Steps』 1


はばたき学園では、文化祭の2週間前から準備期間が始まる。
その間、授業は午前中で終了し、午後からは各々が文化祭の準備に励む事となる。
たち1年生も、初めての文化祭を前にして、一種独特な――祭の空気の中にいた。


「さーて、おべんと、おべんとvv」

グランドに面した明るい芝生の上で、色とりどり、それぞれの昼食が広げられる。

「奈津実ちゃん〜、それ、購買の新しいパン〜?」
「そうだよ〜ん。秋の新作、マロンのミルクレープ!」
「あ、甘そうだねぇ」
「何なら、タマぷー、一口食べてみる?」
「あは………、気持ちだけでいいよ」

持参した小さな弁当箱の他に、いくつかの菓子パンとパック牛乳を膝の上にのせている奈津実に、タマぷーと呼ばれた珠美が苦笑しつつ答える。
そう言う珠美の膝には、手作りとおぼしき可愛らしい弁当がのっている。

「志穂は?」
「結構よ」
「って、アンタねぇ………、弁当食べてる時くらい本読むのやめたら?
 しかもカロリーメイトとウィダーインって、どうよそれ」
「たまにはいいでしょう? それに必要な栄養はきちんととっているわ」
「そういう問題じゃなーい!」

外でこうしてのんびりお弁当を広げられるのも、午後の授業が無い今だからこそ、だろうか。
そして普段にはない珍しい取り合わせでの昼食になったりもする。
も秋の日差しの暖かさを楽しみながら、自分の弁当をつついていた。

からも何とか言ってやってよ〜。
 あ、玉子焼きおいしそ〜。一口ちょうだい?」
「何とかって言っても……。はい」

と、自分に話を振っておきながら玉子焼きに意識をとられた奈津実の口に、玉子焼きを一切れ進呈すれば、やっと多少静かになった。
そもそもの発端は、この奈津実である。
いつもの様にと珠美が教室で昼食にしようとしていた処に、幼馴染であるという有沢を連れて「外で食べよう♪」と誘いに来たのである。
クラスもクラブも違う4人が集まったのにはそんなワケがあった。

「でもー、こうしてると、もうじき、って気がするねぇ」
「そうね。学校全体の空気がお祭の空気だもの」

その場の空気を和ませる様にのんびり言う珠美に、志穂が答える。
こんな風にのんびりと言えるのも、二人が………ぃや、奈津実も含めてだが、文化部に所属していないからだろう。
の所属する吹奏楽部は、夏休み以前から発表に向けて練習を重ね、今まさにカウントダウンする勢いで仕上げに入っているし、他にも美術部や手芸部など作品を出展するクラブはどこも一分一秒を惜しんで製作に励んでいる。
その作業がない分、文化部以外の生徒はクラスでの出展に参加するワケだが、やはりクラブでの参加に比べればどこかのんびりしている。

「そのお祭の前にいっこ、一大イベがあるけどね〜」

どうやら、自分もとりあえず食事する事にしたらしい奈津実がパンを頬張りながら言う。

「イベント?」
「そ!一年に一度のしかけのチャンス〜!」

要領を得ないながらも、嬉々とした奈津実の様子に一同首をかしげていると、志穂が何か思い当たった様にメガネの位置を直しながら奈津実に訊いた。

「しかけって、また氷室先生なの?」
「ピンポ〜ン!来月6日はヒムロッチの誕生日で〜す!!
 ここで何かしかけなかったら、奈津実ちゃんの名がすたるってね」

――なぜそれが奈津実にとっての一大イベントになるのだろう?
   そして、しかけるって?

ますます疑問を深めるに、苦笑しつつ珠美がその答えを教えてくれた。

「あのね、ちゃん。
 奈津実ちゃん、中等部の時から氷室先生にいたずらするのが趣味なの」

そんな珠美の言葉に、ちっちっちと指をふり「ライフワークと言ってほしいな」と言う奈津実に、再び本に戻した目を上げる事もなくぼそりと志穂が言った。

「不毛ね………」

「えぇい、うるさい、うるさい、うるさーいっ!! 
 絶対いつかあの鉄仮面をぎゃふんと言わせてやるんだから」

――ということは、もしかして………と珠美を見ると

「うん、そうなの。今のトコ全戦全敗みたい………」

と苦笑とともにそんな返事が返ってきた。
確かに、あの氷室の驚いた顔など想像できない。

「ヒムロッチだって、人間ならぜーったい驚いたりうろたえたりするはずだって!」

それは、至極まっとうな意見だと思えるが、
ついこないだヒムロッチ教会地下プラント1号機の噂を力説していたのもまた、奈津実だった気がする。

「今度こそ、誕生日で不意をついて、どか〜ん!と」
「それはどっちでもいいけど、奈津実、早くしないともうじき1時になるわよ」

と、大きな身振りで両手を広げる奈津実に、とうに自分は食べ終えた志穂が促す。
が、それでも奈津実のヤル気はそがれたりはしない。

「えっ、うそッ?!
 でも、絶対成功させてやるんだからー!!」

あわてて昼食の残りを頬張りつつ、彼女はその誓いを新たにするのだった。


・◇◆◇・


そんなにぎやかなランチを終えて、第一音楽室へと続く階段を上る。
一般教室から離れて、いつもは比較的静かなこの校舎もいささか賑やかなのは、やはり例外ではない。

足元を見下ろしながら、階段を一段上る。

――氷室先生、誕生日なんだ。

それからもう一段。

――11月6日って事は………蠍座?
   何となく、らしいかも。

また一段、階段を上るの唇に小さな笑みが浮かぶ。

一段一段、それを上っていけば、やがては上階に着く。
小さな段を繰り返し。

普段何気なく昇り降りしているその階段も、こうして一段一段を確かめるようにして上れば、不意に何か心もとない様な、足が絡まってしまいそうな、――その昇り降りが難しい事の様な感覚にとらわれる。
逆に上を見上げれば、上の踊り場の窓から差し込む光が明るく、この階段がどこまでも続いている様な――つながってさえいれば、雲の上までも行ける様にも思える。

踊り場まで上り、ふと窓の外を見れば黄色く色づいた銀杏の木の向こう、職員駐車場のブルーブラックの車体が目に入った。

――プレゼント、あげてみようかな。

上階からは、音楽室の窓が開いているのだろうか、遠く楽器の音が聞こえてくる。
少し低くなった太陽の日差しが、そしてかわいた秋の空気が、深まる季節を教えていた。













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2003.11.5.

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素材提供:Angelic〜天使の時間〜















なにかとバタバタしてる間に随分間があいてしまいました(^^;
この章は、あまり間をあけずにアップできたらと思います。
明日は先生の誕生日だし………(T▽T)遠い目

ところで、氷室先生の愛車は公式設定ではシルバーのマセラティなのですが、この物語ではブルーブラックです。
何で色が変わっちゃったか……って、当初は公式でシルバーって出てなかったんですよ〜(^^;
それで、どこかでいつの間にかブルーブラックと勝手に思い込みのが進行してしまった様です。(^_^;A
シルバーもとっても「らしい」と思うのですが、らしすぎるというか……(^^;;;
と、いうわけで(?)
このシリーズの中で(というかわたしの中で)は、先生の車はブルーブラックで通させて頂きますので、
悪しからずご了承下さいませ。


こんな処まで読んで頂いてありがとうございました。(^^)