『Steps』 2


その日は雨が降っていた。
晩秋の雨はさらさらと降り注いでは地上の熱を奪っていく。
そしてその冷たさに、そう遠くはない冬の訪れを予感させる。

だが、文化祭準備期間中の生徒達にとっては、そんな季節のうつろいなどよりも、その為に生じる準備作業の遅れの方が重要な問題だった。
何せ、文化祭本番は、翌々日9日に迫っているのである。
準備が始まる時間を見計らった様に午後から降り出した雨に、屋外に設置、保管されていた様々な物――それは展示作品だったり、背景のカキワリだったり、その種類も大きさも本当に様々なのだが――をあわてて屋内にしまったり、濡れないようにシートをかけたりと、あちらこちらで生徒達の声が響いていた。

彼、氷室零一はそんな生徒達の声に、廊下の窓から外の様子に目をやり、ふと小さくため息をもらした。
が、もちろん彼のそのため息の原因はこの雨ではない。
そして、また文化祭の準備についてのものでもない。
彼の担当する吹奏楽部の演奏は、ここ数年でも最も完璧に近いところまで仕上がりつつある。
では、その原因は何か。

「あの、氷室先生………」
「………どうした?」

職員室へと向かう廊下で呼び止められ、多少の予感とともに振り返れば、
その予感――ぃや、予測と言うべきだろう――通りに、上目遣いに差し出される、プレゼントとおぼしき包み。
それこそが、彼のため息の原因である。
そう、今日11月6日は彼の誕生日であった。

「生徒からの贈答品は受け取りかねる」

今日何度目かのその台詞に、逃げる様に立ち去る女子生徒の背中を見送れば、ため息の一つもこぼれようものである。

そもそも、誕生日とはごく個人的な物であり、一教師として在るべき学校において、それを祝われるという事自体が不可思議なのに、そこへ以って一連のプレゼントである。
教師として、生徒から贈答品を受け取るのは論外。
そしてそれ以前に、教師としての自分に贈答品を贈ろうという生徒の心情は、彼にとっては理解に苦しむところであった。

――それでも、昨年まではこうではなかった。

何故、今年に限って、こうも贈答品を携えた生徒が訪れるのか。
その原因について、可能性を検討した結果、彼はもっとも可能性が高いと思われる結論に行き着いた。

――学生名簿だ。

それは、学園のクラスごと、生徒達の住所、電話番号の他に、緊急時の連絡先として教師達の住所、電話番号なども記載されている。
そして、理事長の発案で確か今年から生年月日と何故か血液型までも記載される事になった。
教師の生年月日と血液型など、学生名簿にどんな必然性があるというのか。
そして今、その必要のない項目がこのような事態を招く事になろうとは………。

来年度の名簿について、速やかにその項目の削除を提言する事を決意しつつ、職員室の扉に手をかけたところで、彼は再び呼び止められた。

「氷室先生!」
「本田先生……」
「今、戻られたところですか?
 いよいよ開催日もせまってますしね、生徒達も張り切ってますな」

そう言いながらニコニコと笑う相手は、彼と同年代の体育教師だった。

「えぇ。その勢いで羽目を外さなければいいのですが」
「はは………、何せ一年に一度のお祭ですからねぇ」

己の返事に苦笑しつつそう言う同僚と、職員室に入る。
ここから先は、基本的に生徒は立ち入る事ができない場所――のはずである。
が、彼は自分の机の上に置かれた幾つかの箱と包みに、自分の目を疑った。

「これは………」

そんな彼の様子に、何事かと本田がひょいと机の上を覗き込む。

「おや?
 氷室先生、もしかして――誕生日ですか?
 このプレゼント…って、先生、すごい人気ですね」

本田にとってみれば、それは嫌味でもなんでもなく素直な感想なのだろうが、氷室にしてみれば決して歓迎できる状況ではない。

「これなんて、特に――おっと」
「本田先生!よしなさ――」

そのプレゼントの中でも特に目立った大き目の箱。
その箱に手をかけた本田を、彼が制しようとしたその時。
職員室中に大きな破裂音が響き渡り、その箱を手にした二人の周囲に色鮮やかな紙吹雪が舞い散った。
そしてその箱の中から飛び出した、人をバカにした様にバネで揺れるアッカンベーをした人形。
呆気にとられる同僚を前に、氷室の左眉がピクリと神経質そうに動いた。

「こんな事をするのは………藤井か?!
 隠れていないで出てきなさい!!」

と、中の様子を窺っていたのだろうか、それを看破された本人と思しき人物の走り去る足音と笑い声が、職員室の外の廊下で響いた。
そして、また一つ。
本人も意識しない内に、小さなため息が彼の唇からこぼれた。


・◇◆◇・


「――各自、本日の注意点を必ず明日までに改善するように。以上だ」

吹奏楽部の活動場所である第一音楽室で。
いつもより更に細かく、また熱の入った指導が終わったのは、延長された下校時刻まで間もなく、といった時間だった。
彼らの顧問のその言葉に、音楽室全体にホッとした空気が漂う。
本番が近いとは言え、今日の練習はそれ以上に何か……理由の知れない緊張感が漂っていたかもしれない。

彼は、練習の終了を告げると、職員室へ戻ろうとしていた。
すみずみまで意識の行き渡った充実した練習時間、そしてその結果であるところの曲の仕上がりに、先ほどまでのため息はすっかり払拭されていた。
彼にとっては自分の誕生日などよりも、担当する部の仕上がりの方がよほど重要であった。

階段を下りその踊り場にさしかかった時、今日既に何度目だろう、彼は呼び止められた。

「氷室先生!」

振り返れば、彼のクラスの生徒で吹奏楽部に所属する女生徒、が彼を追って、パタパタと階段を駆け下りてきた。

。どうした?」
「はい。あの、これ」

彼の前に立ち、そして真っ直ぐ彼を見上げて、手にした小さな箱を差し出した。

「誕生日のプレゼントです!」
「生徒からの贈答品は受け取りかねる!」

既にそれは反射に近かったかもしれない。
彼女の言葉が終わったのが早かったか、それとも彼が返事をしたのが早かったか……。
そう言い放たれた言葉に、きょとんと――黒目がちなその瞳を驚いた様に見開いて、彼女が彼を見返していた。

一瞬の空白の後。

「そう、ですか………」
「以上だ」

その驚きのまま返ってきた返事に短く答えると、彼はそのまま踵を返した。
足早に階段を下りる彼の背中を追う様に、彼女の小さな掌が上げられ、そしてまた閉じられた事など知るよしもなかった。













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2003.11.6.

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素材提供:Angelic〜天使の時間〜















今日は氷室先生の誕生日ですvv(〃∇〃)
先生、お誕生日おめでとうございます〜〜!!
お話の中では1年ずれていますが(^^;、
何とかこの日にこの章をアップできて嬉しいですvv

しかし………誕生日だというのに、全くちっともめでたさや喜びがありませんね。このファイルは……(^_^;A
先生にとっても、さんにとっても。
えっと、最終的にはちゃんとHAPPY ENDを目指していますので、気長におつきあい頂けると嬉しいです

ところで、今日『Clover's Graffiti』の先生版が届きました!
先生のお誕生日に届くなんて、まるで先生からのプレゼントみたい………(〃∇〃)とうっとり
そして内容も。
ミニドラマのタイトルもしっかりと「HappyBirthDay」(^^)
やってくれます!コナミさん!!(〃∇〃)
そんなこんなで、ワタクシ的に非常に幸せなお誕生日を過ごさせて頂きました。
こんな処まで読んでくださったあなたにも、そんな気分をおすそ分けできるといいのですが………。(^^)