『ツワモノ』


はばたき学園は高台にある。
遠くに海を望み、緑に恵まれたはばたき市を一望する、校舎からのその眺めは、1年を通してなかなかの見物であるが――実際に通う立場になってみると、なかなかツライ物がある。

は木陰を選びつつ、夏休みの朝を学校へと向かってその坂道を登っていた。
それもこれも、入部届を出す為である。



話は少し遡って、先週の補習での事。
最終日、担当教師から何とか合格のお墨付きを頂いた後、何かのはずみの様に訊かれたのだ。

、――学校生活はどうだ?」
「はい、まぁ………何とか」

その唐突な問いかけに、その質問の意図がつかめずに曖昧に答えるに、彼はテキストやプリントの類を片付けながら、言葉を続ける。

「………中学の先生に伺ったが、君は楽譜が読めるそうだな」
「はい」
「それを生かして何らかの部活動に参加してはどうか?
 君の学校生活にとって有意義なものになると思うが」

そういうと、片付けの手を休めて、の顔を見る。

「部活動を通して人間関係が築かれる事もある」
「………ぁ、はい!」

――もしかして、友達ができたか心配してくれてるのかな?

何となく……理由はわからない、直感的にという他はないのだが、そう思った。
実際、入学式から夏休みに入るまでのこの3ヶ月少しの間は、新しい環境でバタバタしてしまって、クラブ活動まで考えも手もまわらなかったのである。

そして、今こうして学校に向かっている。
自分でも、単純と言うか分かりやすい性格だとは思う。
が、やっぱり何かクラブに入りたかったのも本当なのである。

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第一音楽室が、吹奏楽部の活動場所である。

「毎月第三日曜日は全体練習なので、必ずクラブに参加してもらいます」
「はい、分かりました」

やや時期外れの入部届を受け取った、部長とおぼしき3年生が穏やかに言う。
様々な楽器の音が響く音楽室は、活気にあふれ、心地よい緊張感が漂っている。

――よーし、がんばるぞ!

の背筋が自然と伸びる。

「全体練習さぼると自動的に退部だからね。気をつけて」

と、そんなににこにこしながら、更に言葉が続けられる。

「ぇ?!そうなんですか?
 ……って、あの、別にさぼるつもりじゃありませんけど……」

文化部といっても、部によっては体育会系並に練習に厳しい処もある、という話はも聞いた事はあったが、吹奏楽部がそうだとは思っていなかった。
は驚き、慌てつつ聞き返す。

「うん、うちの部は――っていうか、うちの顧問の先生がそういうの特に厳しいんだ」

――それって、もしかして………。

何か思い当たることがある様な、予感の様な物を感じ、それらを記憶から探る間もなく名前を呼ばれる。


「あ、氷室先生?」

ふりかえれば、クラブへの入部を薦めた当の本人が立っていた。

「わたし、吹奏楽部に入部しました」
「知っている。この部の顧問は私だ」

――やっぱり。
予感的中。
の顔に、あはは……と苦笑ともなんともつかない曖昧な笑みが浮かぶ。
クラブ顧問が誰かなどと気にした事はなかったが、その顧問がまたこの年若い担任だというのは、縁があるというか、何というか………。
何せ、先週1週間、みっちりと補習を受けたばかりなのである。

そんな様子のに、少し目を細める様にして彼から質問が投げかけられる。

「……どうした? 何か問題か?」
「い、いえ!」

あわてて答えるに、小さくため息をつくと、彼、氷室零一は言った。

「初めに言っておく。
 私の吹奏楽部は完全な調和を追及している。
 楽しく適当にやっていこうなどとは考えないことだ」
「は、はい………」

別に適当にやろうなどと考えていなくても、その甘えを許さない厳しい口調に、思わず言葉がつまる。

「もちろん、勉強との両立も大前提になる」

これは、やはり……先週までの補習が物を言っているのだろうか。
の背筋を冷たい汗が流れる。
今さらながら、入部届を奪い返してとっとと逃げ出したくなる。
が、学校が休みだというのに、せっかくここまで来たのだ。

「が、頑張ります!」

ぐっと拳を握り、少々どもりながらもそう言い切ると、彼が薄く笑った。

「………よろしい」

――その言葉、忘れない様に。
言外に、そういうニュアンスがにじんでいる………のは、絶対、絶対、ぜーったいに、の気のせいじゃないはずだ。

「以上だ」

そう言いおいて踵を返す彼に、は盛大なため息とともに脱力した。


「は、はいっ!!」

が、しかし、それを見すましたかの様に彼が振り返った。

「………、今日の練習は、楽譜を見ながら見学していなさい」
「わ、分かりましたっ」

そして今度こそ、彼は去っていった。



――すごい厳しそう・・・。第3日曜日には必ず練習に参加しないと。

何をしたわけでもないのに、その緊張感にじんわりと滲んだ汗を拭う。
そんなに相変わらずどこかノンビリした声がかけられる。

「いやー、ツワモノだなぁ。君」
「へ?」
「あの氷室先生に一対一であんな風に言われて怯まないなんて、すごいなぁ。
 未来の部長候補かな?」

くすくすと笑いながら先ほど入部届を受け取った部長が言う。

「そ、そんな事は………っ」
「あるある。
 って、冗談はそのくらいにして、パート練習の時間の間に、先生にパートを決めてもらうといいよ。  全体練習の時は見学しててね」
「はい………」

焦るを横目に、周りで成り行きを見守っていた部員達にも声をかける。

「そんなわけで、新しく入ったさん。みんなもよろしくね」

よろしくお願いします、とペコリと頭を下げるに、それぞれが声をかける。
こうして、のクラブ活動が始まった。













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2002.10.15.

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素材提供:Angelic〜天使の時間〜















吹奏楽部入部イベでございます〜(^^)
これを書くために改めて入部してみたんですが、
先生………そんなに思いっきり念押ししてたんですね(^^;;;
忘れてました(爆笑)

今回はインターバル?っぽいですね。

テーマは先生に抵抗力がついてきた?(笑)主人公ちゃんです(^^;

こんな処まで読んで頂いてありがとうございました。(^^)