アーグラ編
3月4日。この日は朝4時30分に起床し、ニューデリー駅に向かう。そう、今日はタージマハルで有名なアーグラへ電車で移動するのである。ボーパール行きの特急列車「シャタブディエクスプレス」はインドで一番を争う猛スピード&豪華列車であり、水・新聞・マンゴージュース・メシ(バタートーストだったかなぁ?)と次々と出されている間に、あっというまにアーグラカント駅へ到着。
このアーグラというところは、インドを代表する観光地だけあって、外国人観光客を狙ったポン引きというか客引きというか、詐欺や犯罪まがいの悪いことするインド人でいっぱいだよ、とガイドブックに仰々しく書かれていた。そんなこともあってか、結局3人は駅からオートリキシャ(3輪タクシー)を使わず、5km以上あるタージマハル近くのホテルまで歩いて行くことになった。どうせボラれるなら歩いてしまえという考えも素晴らしいが、あんなでっかいザックを背負ってよく1時間以上も歩けたもんだ。ま、汗ダクダクになって疲れたけど、牛・豚・山羊・猿・犬・ラクダを見ながら、そこらへんにいたリキシャドライバーやガキンチョらと会話する機会があったのでよかった。
確かホテルシカンダルという名前だった気がする安宿に決定。早起きしたので眠く、イーシャンはシャワーを浴びた後昼寝をした。その後、昼飯食いがてらそこらへんをぷらつく。昼に食ったスパゲッテイは、なんだこりゃ、ラーメンみたいだった。ホテルに戻った後、僕は屋上でゆっくりとカミュの異邦人を読んだ。このホテルの屋上がまた、ガキンチョがタコあげしている風景が見えたりする、イカシタ場所だった。僕はこのホテルが気に入ったが、ミッチャンはこのホテルのクールなマネージャーを気に入ったようだ。
ホテルの屋上にて。
夜メシはどっかのレストランでフライドライス、つまりチャーハンを食す。確かこのレストランでREMのLosing my religionが流れており、欧米人の女の子ツーリスト3人組が、一緒になって「Oh, Life is bigger」なんて歌っていたちょっぴりセンチメンタルな風景を覚えている。
3月5日。朝食は、ハエがブンブンしているレストランでパンとラッシーを食した。とりあえず目玉であるタージマハルに行く。今となって思うことだが、「でっかい建物系」ってのは、中に入ると結構たいしたことないパターンが多いもんだが、このタージマハルは中に入ってもリッパだった気がする。さすがかつての王様が、最愛の奥さんが死んだショックで、とてつもないこのタージマハルを作り、国家財政が傾いてしまっただけのことはある。ちなみに中に入るときに、サンダルを脱がなくては中に入れない所があったのだが、そこらへんにサンダルを置いておいたらパクられてしまった。
タージマハルを歩く。
昨日の昼にも行ったレストランに入ると、レストランの兄さんに「タクト〜」と呼ばれる。僕のことを覚えていたらしく、このとき「My Friend」という言葉を気軽に使っても良いということを覚えた気がする。昼飯を食った後、ラージフォートを見に歩いて出かける。これはこのタージマハルを作った王様が住んでいたお城だった気がするがどうだろう。途中雨が降ってきたので雨宿りをしつつ、お城の中に入る前にチャイ屋で休憩する。なんだかわからんがサンダルを売り歩くおっさんがおり、いくらだったかわからんが、100Rs+マイルドセブンを買ったときにおまけで付いてきたターボライター1個で、ちょっとしっかりしたサンダルを交換した。ラージフォートもよかった。そう、思い出した。このお城から、王様が亡き妻を偲ぶように、タージマハルが綺麗に見えるのだ、そうそう。ホテルまで歩きながら帰り、あちこちに並ぶお土産屋さんをからかい、からかわれつつ、インドのリズムを掴んでいく。
3月6日。この日は朝早起きして、タージマハルで日の出をみる。寒かったのでシュラフを身体に巻き付けていって正解。「無料だった」と日記帳に書いてあるということは、この日は多分イスラム教徒の休日、金曜日だったということだろう。ちらりとホテルに戻り寝た後、「タクト〜」の店に行き、朝メシを食す。
こまめに両替をしていたようで、この日も10Rs払ってトーマスクックに行き、トラベラーズチェックの両替をする。タバコ屋でタバコを買ったりすると、お釣りに困るパターンが多かった=小さいお金に困ることが多かった。そんなこともあり、両替するとき「ちょっと細かいの多くして」と言ったら通じたらしく、「嬉しかった」と小学生のようにその喜びを日記帳に綴ってある。
気が利くクールなホテルのマネージャーの兄さんにお別れをし(ミッチャンはかなり涙そうそうだった)、リキシャに30Rs払い、アーグラカント駅に向かう。ジャンシーへと向かう電車の中、まだまだインドに慣れていない僕は、あえてサングラスをして、眠っているのが端からわからないようにして昼寝したもんだ。そして確かこのときだったと思うのだが、どう考えてもインドにあるはずがない、日本製のコンドームが床にぽとりと落ちており「誰が持ってきたんだ、白状せいっ」と、3人はそれぞれを糾弾した。が、結局誰も白状せず、犯人は逮捕することはできないまま、今や時効を迎えようとしている。この日はジャンシー駅近く?の蚊が多いホテルで就寝。