白馬尾根

地蔵尾根、馬酔木平

大滝へ

白馬尾根

駐車場所

Tさんとの久しぶりの山行きである。Tさんから待ち合わせ時刻の5分前に場所の確認の電話が入った。彼らしいタイミングの電話だった。昨日の状況では雪の影響は全く無いように思っていたが、宮ヶ瀬ダム付近から路面は凍結し自分の甘い考えを反省した。 彼の車で丹沢観光センター先の魚止め橋まで行きそこから歩き始めたのは7時32分だった。

どちらが白馬?

雷平までの途中、落ち葉や丸木橋が凍っていた。すべれば谷底や沢の流れに呑まれてしまうスリルの連続だった。さすがに雷平の長い丸木橋では恥ずかしさも忘れ四つんばいで渡った。8時半に雷平 へ到着した。この時点では『北丹沢ガイドブック』より20分位速いペースだった。雷平の手前で上の景色が見えた。

見え隠れする

左右に2つ草原がみえた。どちらが白馬尾根かTさんと確認しあった。高さから言って左は余りにも低く感じられたので右側という結論になった。私はこの山行きの為体力温存につとめ、初詣の大山参りは6年ぶりにケーブルを使った。そしてTさんは昨日も雨山峠にそしてその前には日光の山に登ったとかで至って元気であった。

木々と雪

雷平からは涸沢沿いに暫く登った。登り始めは目印のテープが無いと分かり憎いコースだったが、沢を過ぎると踏み跡もしっかりしたクネクネと曲がった歩きやすい道になった。しかし杉林で暗い。時たま左写真の目標尾根が右手に見えた。ところが標高600mからスタートし凡そ300m登った辺りで 、登り過ぎが原因なのかTさんがバテてきた。

三峰

そこからは少し休む時間が長くなった。標高1050m辺りで一旦右の鹿柵がみえなくなり平坦な場所になった。鹿柵がみえなくなると直ぐに草原があるものと思っていたが、そこからは杉林の直登になった。そこは右尾根との合流地点だった。

草原の中で

9時35分、登り続けると杉の木が段々と低くなってきた。植林されてから10年も経っていないようである。すると小さなアセビの木々が目だってきた。もう直ぐ草原である。鹿柵が倒れ、鉄条網がその鋭い尖った部分を地面から突き出していた。ここからは先日の雪が残っていた。

 

まだまだ急な登りではあるがもう着いたと同じである。ふりかえると宮ヶ瀬が見える。ここから見る仏果山は半原富士と言われる名前に負けない位、山の形が良かった。また丹沢三峰 が右方向によく見えた。草原に着いたのは10時15分だった。

草原までの時間を調べてビックリした。私にはほんの数分に感じられた程短かったが40分も掛っていた。見るものが多く飽きる事がなかった。とりわけツツジの木々の多さブナの美しさには目を見張った。

ここの春は、ブナの新緑とツツジの花々等で空中庭園が出来上がっているのかもしれない。春への期待が大きく膨らむとともに大勢の人でこの草原が踏み荒らされる事が無いように思った。

 

ガイドブックに”一本ブナ”と書かれていたが、残念ながら分からなかった。 ところで右の草原はどこだろう?よくよく見たら頂上に小屋がある。

『蛭ガ岳山荘だ』『あれ?』と記憶と現実の葛藤が始まった。蛭は急峻のイメージがあったが、東方向からは全く当てはまらない。なだらかな稜線だった。

ブナの林を抜けて縦走路に出てきたのは11時だった。富士山が綺麗に見えた。

蛭ガ岳のなだらかな東の稜線

丹沢山から三峰への稜線

私の中ではここから蛭ヶ岳に登り、そこから雷滝に下るルートを取りたかった。バテたTさんに遠まわしに聞いて見たが、やはり返事はNGだった。食事中に若い女性が蛭ヶ岳から登って来た。挨拶を交わした 。その唇の赤い口紅が新鮮だった。

12時に下山を開始した。登っていると何故山に行かなければ成らないのか?家でコタツに入っていれば暖かくて何にも不自由など無いのに?と、特に平坦地から登りに掛ると足の方からそんな声が何度か聞こえてきた。

 

家に着いて風呂に入ってからも考えた。Tさんに山で聞いたら『この景色は登った人でないと味わう事ができません。そして帰ってからの上手いお酒を味わう事です』と返ってきた。でもまだ釈然としなかった。トリビアの泉の前振りにある”無駄な事を知る喜び”なのだろうか?

よく分からないまま今年も登り続けるのでしょう。

宮ヶ瀬入口〜魚止め橋 30分(車)

魚止め橋〜伝道     10分       600m

伝道〜雷平        50分       815m

雷平〜鹿柵終       70分      1140m

鹿柵終〜白馬(草原)  40分      1400m

白馬(草原)〜縦走路  45分(鬼が岩まで1分)1608m