面白いよ
『紹介おもしろ文庫part1』として、
文春文庫『ゴハンの丸かじり』 東海林さだお著(476円+税)172pより、
『セルフのうどんの店築地に誕生』
を原文まるごと紹介してみたい。
(もちろん、絵はガマンしてネ)
「ここで笑わないと笑うトコもうないよ」
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『セルフのうどんの店築地に誕生』
エート、何からお話ししたらいいのか……。
言わねばならぬことがたくさんあって、いま頭の中を整理していると
ころです。
まず言わねばならないことは、四国の高松、いわゆる讃岐ですね、こ
の一帯はうどんの街であるということ。
街中うどん屋だらけ、交差点の数よりうどん屋の数のほうが多いとい
われている。
まずこのことを頭に入れておいてください。
二つ目は、「セルフの店」と言われるうどん屋が多いということ。
このことも頭に入れておいてください。
このセルフは、セルフサービスのセルフです。
三つ目は、その讃岐特有のセルフの店がついに東京の築地に出現し
たということ。
では讃岐のうどん事情から話をすすめましょう。
讃岐では、一日二度、うどんを食べる人がざらにいる。
讃岐では、誰でも最低二軒のひいきの店を持っている。
讃岐では、三人寄ればひいきのうどん屋の品定めをしている。
讃岐では、年間七百玉のうどんを食べる人もいる。
讃岐では週に一ぺんうどんの雨が降る。(ウソです)
とにかく讃岐ではそういうことになっている。
では「セルフの店」とはどういう店か。
セルフは、セルフサービスのセルフで、このセルフはハンパじゃない。
セルフの店に行くと、まず入口のところで玉数を申告する。
讃岐では、うどんはすべて玉数で数える。
「二玉」というと、入口の人が丼に玉を二つ入れてくれる。店の人がす
ることはこれだけだ。
あとのことはすべて客がやる。
立ち食いそば屋に行くと店の人が、そばをお湯にひたしてチャッチャし
ますね。あれも客がやる。
次に特製の深めのお玉でツユをすくってそばにかけますね。あれも客
がやる。具をいろいろのせますね。むろん、あれも客がやる。
ぼくが讃岐に行ったときは、具の一つにさつま揚げがあって、客はまな
板の上にそれをのせ、自分でトントンときざんでいるのであった。
次に店主はきざんだネギをチョコッと入れますね。セルフの店では自
分でネギを入れるわけだが、讃岐では、店の裏にネギ畑があって、客は
そこへ行ってネギを引っこ抜いてきて洗って自分できざんで入れる店も
あった。
讃岐で、自分でうどんチャッチャをやって以来、すっかりやみつきに
なり、立ち食いそば屋に行くたびに店主がチャッチャするのを見ては、
「いいな、チャッチャできていいな」
とうらやんでいたのだった。
「築地にセルフのうどん屋できる」
この朗報を聞きのがすはずがない。
「ザ・うどんや大将」
築地本願寺のそばにその店はあった。
席数四○。開店からまだ一年とたっていないせいか、とても清潔な店
だった。
セルフの店ではあるが、讃岐方式とはかなり違っている。
入口のところで、玉数ではなく、大・中・小で申告する。
大・中・小、それぞれ、390円、290円、190円。
すると、何ということか、店主は自分で丼にうどんの玉を入れ、自分
でツユをうどんにかけてしまうのだ。
悲嘆にくれながらその丼を持って、すぐ横の具のコーナーに移動する。
具。エビ天190円、イカ天130円、キス天、野菜かき揚げ、イモ天、カ
ボチャ天、レンコン天、アジフライ100円。油揚げ50円。
このコーナーは楽しい。
自分でチャッチャができなかったくやしさを補ってあまりある。
スーパーに揚げものコーナーがありますね、あの前に、うどんの入っ
た熱い丼を持って立ち、トングであれこれ選んではうどんの上にのせて
いく光景を思い起こしてください。
トングでぎこちなく揚げものをつかむのがこんなに楽しいことだと
思わなかった。
パン屋でもおなじことをするのだが天ぷらのほうがパンよりずっと
楽しい。
特にかき揚げをつかむのが楽しい。
トングだと少しぎこちなくなるところに楽しさがあるようだ。
ホラ、盛り場などに、縫いぐるみをつかむクレーンゲームがあります
ね。あれに似た楽しさ。
クレーンゲームだと、お金だけ取られて何ももらえないことがあるが、
このトングゲームは、ぎこちないながらも確実に天ぷらがもらえる。
具のコーナーに立って、まずかき揚げをつかんでのせる。
途中、わざと取り落としたりして少し遊んでからのせる。
次に油揚げ。レンコン揚げ。
この際だから、思いきって超豪華うどんにしよう。
アジのフライなんてどうだ。一番大きいのをのせる。
アジのフライ史上、うどんの具として選ばれたのは初めてではないか。
もうこれ以上はのらないぐらい、丼の上は山になった。
超豪華うどんは、しめて640円。
油揚げはかき揚げの下に隠してお勘定コーナーに行ったのだが、しっ
かり発見されてしまった。
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