『紹介おもしろ文庫part4』
文春文庫『ゴハンの丸かじり』 東海林さだお著(476円+税)196pより、
『ソーメンはエライのか』
を原文まるごと紹介してみたい。
(やっぱり、絵はガマンしてネ)
「ここで笑わないと笑うトコもうないよ」
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『ソーメンはエライのか』
この国の梅雨もまもなく終了する。
そうすると、この国はいよいよソーメンの季節に突入することになる。
シーズン突入を前に、わたくしはこの国のソーメン事情について、一言苦言を呈してお
きたい。
と同時に、最近、ネコもシャクシも、わが日本国のことを、この国は、この国は、と表現
する風潮にも苦言を呈しておきたい。
一体、何なの?あの ”この国は、この国は”
という言い方。
この国、この国っておまえはどこの国の国民なんだーっ、と、一言言って、ソーメンの話
に戻りたい。
ソーメンに対する苦言とは何か。
それは、
「日本国民は、ソーメンをチヤホヤしすぎるのではないか」
ということである。
わが国には、うどん、そば、ラーメン、きしめん、ひやむぎ、ほうとう、ソーメン、スパゲテ
ィ、といった多種類の麺類がある。
つまりソーメンは、その中の一種類にすぎないのだ。
にもかかわらず、日本国民はソーメンを特別扱いする。
たとえば日曜日のお昼など、ひとたび「きょうのお昼はソーメンよ」ということになると、ガ
ラス製カット模様入りの大鉢なんかが用意され、氷が用意され、シソ、ミョウガ、生姜、ネ
ギなど薬味用の小皿が並べられ、ガラス大鉢のソーメンの上に、「ナンテンの小枝をあし
らってみたわ」というような騒ぎになる。
「きょうのお昼はうどんよ」だった場合、これだけの騒ぎにもっていけるか。
料亭などでは、ソーメンがバラバラにならないように、束の片はしをヒモで縛って茹で、
清流に見たてた形にして両手で支え、皿の上に丁寧に横たえさせたりする。
まるで要介護のような扱いではないか。
お箸も、
「おソーメンの場合は、お箸をでんな、あらかじめ水で湿らせておいてからお出しすると
よろしおまんな」
ということになる。
鯛ソーメンという大層な料理さえある。
大皿のまん中に焼いた鯛を丸ごと一匹どーんと置き、その周辺に、海の流れに見たて
たソーメンを並べる。
流しソーメンというものもある。
これはソーメンのためのお遊びで、ソーメンのウォーターシュートだ。
こんな遊びをさせてやるのはソーメンだけだ。
ソーメンを流すなら、うどんも流してやれ。
ついでにうどん粉も流してやれ。
お中元となると、ソーメンは急に態度がでかくなる。
「特製化粧木箱」の中にエラソーに横たわる。その箱をわざとらしく藁の縄で荒々しく縛
り、「藁縄荒縛り」ということになる。
ネーミングも物々しくなり、「古式手延素麺蔵囲い三年蔵寒造り太古」ということになる。
これを全部つなげると、「特製化粧木箱入り藁縄荒縛り古式手延素麺蔵囲い三年蔵寒
造り太古」ということになり、じゅげむじゅげむに似てきて読んでいるうちに眠くなる。
そんな物々しい造りにして贈っても、もらったほうは、
「なんだ、ソーメンか」
のひとことで片づける。
藁縄荒縛りをほどくの大変だから、と、そのまま押入れに放り込まれる。
箱だけでなく、ソーメンの一束一束も物々しく束ねられている。
うどんの束は簡単にハラリとほどけるのに、ソーメンの束はどういうわけか簡単にはほ
どけないようになっている。
ソーメンを茹でるためにお湯をわかし、湯が沸騰するのをじーっと待ち、沸騰したので、
いざソーメンを入れようとしたらソーメンの束がなかなかほどけず、あわてにあわてても
ほどけず、往生した経験はだれにもあると思う。
ぼくの場合は沸騰するのをじーっと待っていて、沸騰したのでいざ投入しようとしたら、
一束一束が包装紙で包んであるやつだったので、あわてて包装紙を破ろうとすると厳重
に包装してあり、それをようやく破き終わったら帯がまた厳重造りであわてにあわて(よ
く考えると別にあわてる必要はないのだが)、ようやく帯を切った瞬間、ソーメンがあたり
一面に飛び散ったという苦い経験がある。
ソーメンはダイエットにいい、という人と、ダイエットにいくない、という人とがいる。
いい派の主張はこうだ。
ソーメンは細い。うんと細いのは文字通り糸のように細い。
だからソーメンを箸で一口分取りあげてすすったときの本数はうどんの比ではない。
ということは、多数のソーメンとソーメンの間の多量の水分、及びツユをいっしょにすす
りこむことになる。この量はうどんの比ではないことは誰にでもすぐわかる。
すなわち、ソーメンは水分を麺といっしょに多量に摂ることによってすぐにお腹が一杯
になる。
すなわちダイエットにいい。
いくない派の主張は、これはもう誰もが経験済みだと思う。
すなわち、いくらでも食べられてしまう。
洋風ソーメンもおいしい。
固形のチキンコンソメを溶いて用いる。そのとき、お醤油を一滴。
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