「鞍 馬」(西荻窪)

 店主のソバに対する並々ならぬ熱意を感じる店である。ひたすら一途に道を極めようとする者が打つソバにはほとんど隙がない。以前から長坂の「翁」に似たおいしいソバを打っていたのだが、しだいに自らの個性を加えて、さらに進化したソバを供するようになっている。
 蕎麦粉は、おもに茨城県産の常陸秋蕎麦の玄蕎麦を農家から直接買い付け、石臼で自家製粉するというこだわり。これを2つのタイプのソバ切りに仕立てている。
 「箱盛そば」(940円)は、香り高い細打ちのソバ。麺のエッジがしっかりと立ち、繊細な食感と喉ごしがすばらしい。ダシが利いてキリリと締まったコクのあるツユとの相性もよい。
 一方「甘皮そば」(990円)は、黒っぽく太い田舎ソバ。山形のソバを思い出させるしっかりとした噛みごたえと田舎特有の風味と食感が特徴である。いずれのソバにも店主の強い思いが感じられ、思わず唸ってしまう。

 温かいソバでは「鴨なんばん」(1890円)がお薦め。値は張るが、懐石料理の椀物として出てきてもおかしくない完成された一品である。良質の鴨胸肉と焼き目をつけた長ネギが、鴨だしたっぷりの汁に浸かっている。
 食前の日本酒は冷酒。ほのかな吟醸香を感じる「四季桜」の本醸造はとてもさわやかできれいな酒。他に純米酒では、「田酒」、「豊の秋」、「菊姫」としっかりとした飲み口の酒を揃えている。お通しにつく杓文字にのせられた「焼き味噌」も、入っている蕎麦の実が香ばしくておいしい。
 店は、JR中央線の西荻窪から歩いて1分。さほど広くはない店内には常時クラシック音楽が流れている。BGMがなかったら、きっと耐えられない緊張感の中で、店主の真剣ソバに立ち向かわなければならないだろう。本当の味を追求するソバ通の方々が喜びそうな店である。

味5、雰囲気4、対応4、CP3 計16

調査時期 平成18年3月10日

データ 杉並区西荻南3−10−1 03−3333−6351 11:30〜15:00 18:00〜20:00 水曜休み

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「箱根暁庵」(広尾

 箱根湯本ホテルに隣接して営業している箱根湯本の「箱根暁庵」の東京店である。長坂「翁」で修業した方が出した店ということで、同じタイプのソバを供している。店内はオープンカウンター10席とテーブルが5卓ほど。蕎麦屋というよりは、板前割烹の店という雰囲気である。
 実際、ソバ以外の料理も充実していて、季節の厳選された素材を使用して作られる酒の肴は、なかなかの出来ばえである。夜に訪れたなら、ソバだけ食べて帰るのは、きっと寂しく感じるに違いない。
 日本酒は神奈川県の地酒「箱根山」(600円)をはじめとして、すっきりした飲み口のものを選んで置いている。これらの酒で喉を潤しながら、肴は特製品の箱根山「暁」豆腐を味わってみたい。箱根山中、観音沢の湧水と北海道産の大豆を使用してつくられた豆腐で、味わいある品である。冷奴でそのまま食べるのがよいが、冬は湯豆腐も用意されている。

 また、繊細な味わいの出し巻玉子や鴨つくねもお薦め。その他季節の旬の肴はどれも丁寧な仕事が施されていて満足できるものである。 
 メインのソバは、「ざる」、「田舎」とも900円。いずれも「翁」のソバをほうふつさせる香りと味わいである。もちろん、これら2種類両方を楽しむことのできる「二色」や季節の変わりそばを加えた「三色」も用意されている。今まで食べた季節の変わりそばの中では、春の「桜切り」が印象的で、またぜひ味わってみたい。さらしな粉に桜の花と葉を打ち込んだ、春の香り漂うさわやかな一品である。
 平日の昼間には、「昼時そば」(1000円)というのがあってお値打ちである。「ざる」に桜えびの大きな天ぷらと暁豆腐一切れが付く。追加の「ざる」が、500円というのもありがたい。
 夜は接待などにも使用されることがあるようで、予約した方が確実である。風格と実力を兼ね備えた名店である。 

味4、雰囲気4、対応4、CP3 計15

調査時期 平成17年2月25日

データ 港区南麻布5−15−25 03−3441−9006 11:30〜14:30(土日15:00) 17:30〜20:00 月曜休み

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「目黒一茶庵」(目黒)

 東京都内の一茶庵系ソバの老舗である。JR目黒駅からほど近い路地裏にあって、昔ながらの蕎麦屋のたたずまいを見せている。外見は一昔前の普通の木造民家のような建物で、引き戸を開けて、玄関で靴を脱いでから中へ入る。1階、2階とも座敷で、2階へ上がる階段は狭くて急である。この階段や廊下、柱などに長い年月が感じられてとてもよい。座敷に腰を落ち着ければ、目の前の飾り気のないテーブルの上を、開け放たれた窓からの微風が流れ、なんとも居心地がよい。

 冷たいソバは、「せいろ」、「田舎」が各730円、「さらしな」が1000円である。「せいろ」は、細打ちと呼ぶにはやや太い感じだが、蕎麦の香りは高くおいしいソバである。「田舎」のほうは、「せいろ」をさらに太く切ったという感じで、香りと味の傾向は似ているが、噛みごたえのある食感が特徴である。いずれも洗練された味とは言えないかもしれないが、十分満足のできるソバである。それに何と言っても、店の風情が、ソバを何倍もおいしく感じさせてくれる。

味4、雰囲気5、対応3、CP3 計15

(その後、閉店しました)

調査時期 平成12年4月30日

データ 品川区上大崎2−14−3 03−3444−0875 11:30〜16:00(平日) 11:30〜19:00(日祝) 水曜、第3火曜休み

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「安 藤」(浜田山)

 京王井の頭線の浜田山駅から歩いて1分か2分、ショッピングストリートから住宅地へ入りかけたところにある。店内は打ち放しのコンクリート造りで、天井の配管などが露出しているが、一方では古い木製の調度品が置かれ、煉瓦造りの暖炉があったりして、個性的な雰囲気を漂わせている。

 ソバを食べる前に日本酒を一杯。ここでは、山形の「東北泉」の樽酒(500円)を出している。ほのかな樽香が心地よいさわやかな酒で、これを受け皿にこぼれるほど一合升にたっぷり注いでくれる。酒の肴は、鴨煮、にしん煮、板わさ、玉子焼、揚げ出し豆腐などいずれもおいしい。特にお薦めしたいのは「にしん煮」で、だし汁のしみ具合と甘味の加減がすばらしく絶品である。

 ソバは、やはり冷製の「もり」(600円)がよい。中細打ちのややぬめりのある食感。そば切りとしてはやや短い感じもするが、蕎麦の香り高く滋味あふれるソバである。「鴨せいろ」、「鴨南蛮」(各1100円)もよい。合鴨肉のかたまりが豪快に入っているが、脂抜きをしているらしく、よくあるギトギトした味にはなっていない。鴨肉が硬くなっているのだけが少し気になる。
 夜は店内にジャズが流れ、蕎麦屋とは思えない雰囲気。趣味人好みの空間を演出している。

味4、雰囲気4、対応3、CP4 計15

調査時期 平成13年4月12日

データ 杉並区浜田山3−34−25 03−3306−0295 11:30〜21:00 火曜休み

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「赤坂砂場」(赤坂)

 日本橋の室町砂場と並ぶ砂場系の老舗である。赤坂の近代的なビルに囲まれた中にあって、和風の木造建築が蕎麦屋らしい落ち着いたたたずまいを見せている。店内へ入ると、まずテーブル席が並び、奥には座敷がある。座敷へ上がればけっこう憩うことができるが、テーブル席は狭いスペースの中でやや無理に席が配置されている感じがして、今一つくつろぐことができないのが残念である。

 まずは、お銚子の酒を飲みながら、「鳥わさび合え」、「焼き鳥」、「あさり」、「玉子焼」などをつまみたい。「鳥わさ」の鳥肉は良質なササミで、そこにちらし海苔とネギの千切りがたっぷりのっている。旨みのあるタレのからまった「焼き鳥」も良質。「あさり」は身と小柱がショウガと一緒に煮込まれ、貝特有のエキス分が引き出されている。「玉子焼」はかなり甘めながら、そばつゆのダシがしっかりとしみ込んでいる。いずれも燗した酒にはぴったりである。

 ソバは、白っぽい上粉を使用した「別製ざる」(650円)と普通の粉を使った「もり」(550円)の2種類。いずれも細打ちで、しっかりとコシのあるソバに仕上がっている。ソバの香りはあまり感じられず、喉ごしを楽しむいかにも江戸前ソバという感じである。そして、あまりにも少量である。「別製ざる」など、盛り笊の表面が露出していて、なんとも寂しい。また、ツユはかなり濃くて、甘い。

味3、雰囲気3、対応4、CP3 計13

調査時期 平成12年5月22日

データ 港区赤坂6−3−5 03−3583−7670 11:00〜19:30 日曜・祝日、第3土曜休み

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