nothing changed 4
足早に進みながらカミューはついてくる騎士たちに次々と指示を出していた。
「門番に伝えろ。決してマイクロトフを一人では通すな―――せめて誰か一人部下が追いついてから通せ」
頭に血が上ると無茶をする男だから、団長の立場も忘れて一人で飛び出しかねない。勿論カミューとて彼の剣の腕と悪運の強さは充分に理解しているが、かと言って一人では到底向かわせられないものである。それはカミューのみならず青騎士も、また赤騎士たちも心得ている。
ところがそうして指示を受けた赤騎士が走り出そうとしたところで、向こうからひとつの人影が迫ってきた。
「門番には既に連絡済みです」
青騎士団の第一隊長がそんな事を告げながらやってくる。確か彼もまた先程の会議に出席していたはずだ。そして無言で飛び出して行ったマイクロトフを、カミューが叱咤する前にすかさず追って出て行ったのだ。
「流石だな」
にやりと笑ってカミューは第一隊長と相対する。
「それほどでも。ご存知無いかもしれませんが、あの方のおかげで青騎士団は不測の事態でも慌てず落ち着いて行動する癖がついているので。それこそ空から槍が降ってもそれを拾って溜め込むくらいの余裕はあります」
なんだその喩えは……と一同は一瞬沈黙するが、カミューはそうでもなかったようだ。
「知ってるさ。それでマイクロトフは?」
にこにことカミューは笑いながら問うのに、対する青騎士団の第一隊長は「えぇ」と頷いた。
「押し留める門番が苦労をしているところでしょう。助走でもつけて城壁くらい飛び越えそうな勢いですよ」
「そうか……」
呟いてカミューが俯いて何ごとかを考えはじめる。側にいた副長は、そんなカミューの口元に浮かぶ微笑に良からぬ気配を感じて青褪めた。
「なっ、なりませんカミュー様!」
「なにがだい?」
ゆっくりと振り向いて首を傾げるカミューだが、その目は副長では無い別の何かを見ている。副長はぶるぶると首を振って冷や汗を掻きつつ両手を広げた。
「ゴルドー様不在の今、マイクロトフ様が城を飛び出す勢いならばカミュー様はこのロックアックス城にて……―――」
「大人しく守りを固めていろと? それはお前たちに任せるよ」
「は? あ、いえカミュー様!!」
「わたしはマイクロトフを追いかける」
言うなり駆け出すカミューに副長が「なりません〜〜!」と叫ぶが、彼の足は止まらない。どころか、青騎士の第一隊長までがそんな副長をまぁまぁと宥める始末。
「ここのところカミュー様もずっと城詰めが続いておられる。そろそろ鬱憤晴らしも宜しいでしょう」
「しかしっ!」
ここ最近様子のおかしかった赤騎士団長が、以前通りに戻るのは大歓迎だが、こんな好戦的なところだけ戻っても大迷惑である。しかしそうして顔色を変える副長に、青騎士団の第一隊長はにやりと笑ってカミューの後を追って駆け出した。そして追いつくとちらりと振り向いたカミューににこりと微笑みかける。
「お供致しましょう」
そして彼はこちらです、と正門では無い別の方向へとカミューを誘う。
「馬を用意させてあります。団長に早く追いつけるかと考えまして」
「良いね」
手際の良さにカミューは満足気に頷いて裏門の方へと足を向けたのだった。
裏門への道すがら、第一隊長から事の次第を聞いて賊が占拠したと言う村の詳細を知る。
「なんだ、結構近いな」
「えぇ、不敵な者どもですね」
「このマチルダの騎士を甘く見られているのかな?これはちょっとただじゃすませられないな」
裏門に待ち構えていた愛馬に身軽く飛び乗りながらカミューは物騒な事を言って笑った。
「そうですねぇ」
呑気な第一隊長の相槌にひとつ頷いてカミューは愛馬の腹を蹴って駆け出した。ひと息遅れて第一隊長もその後を追う。
「カミュー様!」
「なんだい」
「私が言うものではありませんが、くれぐれも無茶はなさらないでくださいよ。無茶はマイクロトフ団長の専売にしておいてください」
「分かっているさ」
軽やかに答えてカミューは馬を更に煽って駆けた。
件の村まで馬を駆れば直ぐ。
いかなマイクロトフと言えども真正面から飛び込むような無謀はすまい。部下が付いているのなら尚更だろう。あの周辺の地理ならば平騎士の時分に知り尽くしているカミューである。マイクロトフも同様、恐らく村の際にある林にでも一時潜むに違いないと当たりをつけて、その用に馬を走らせた。
案の定。木立の中を器用に馬を進めて行くと、蹄が土を抉ったらしい真新しい痕跡を見つけた。
「カミュー様」
「うん。流石に慎重には動いているようだな。間に合ったらしいよ」
にやりと笑うとカミューの愛馬が不意に首をもたげた。
「どうした?」
前屈みになってその首を慰撫するように叩けば、ピンと立っていたその耳がピクピクと動く。誘われてカミューも耳を澄ませば遠くから僅かではあるが馬のいななきが聞こえた。
「……見つけた」
いや、この場合見つけられた、なのか。カミューはにっこりと笑うと愛馬の耳に囁いた。
「さ、行こう。分かるだろう?」
すると答えるように愛馬は僅かに方向を変えると木々の生い茂る木立へと、何の迷いもなく踏み入って行こうとする。カミューはただ邪魔になる張り出した枝を払い落としながら黙って馬の歩みに身を任せた。
「カミュー様?」
青騎士の第一隊長が怪訝な声を上げる。
「黙って付いて来い。マイクロトフのいる場所へは、こいつが案内してくれるよ」
カミューの馬はただ足取り軽く、むき出しの木の根を上手く交わしながら奥へ奥へと分け入って行くのだった。
3 ← 4 →
5
2002/09/09