nothing changed 5


 ガサガサと木々を掻き分けながら進んでいけば、そこにはカミューの予想通りに青い騎士服が木立の中にちらほらと見え隠れして見えた。嬉しくてならず馬を少々急かしてその場へと駆け付ける。
 すると、とつぜん現れたカミューと第一隊長の姿に驚いたのだろう。青騎士たちはかくかくと指をさして固まる始末で、だがそんな彼らには頓着せずにカミューは颯爽と馬から降りると一番向こうにいる見覚えのある背中へと急いだ。
「マイクロトフ」
 駆け寄りながら名を呼ぶがその背中は振り返らない。
「マイクロトフ?」
 二度呼ぶと、漸くその背中がピンと伸び、ゆるゆるとその黒い頭が振り返った。そしてその黒い瞳がカミューの姿を認めてすうっと細められる。誘われるようにカミューも目を細めてにっこり笑うと、マイクロトフの唇がふと震えた。
「こ………」
「こ?」
 カミューが首を傾げた途端マイクロトフが大口を開けた。
「……んなところで何をしとるかおまえは!!!」
 響き渡った大声に辺りにいたらしい野鳥が一斉に飛び立つ。
「マ、マイクロトフ団長、声、声が大きすぎますっ!」
「あれ、怒られてしまったよ」
 慌てふためく青騎士たちの中で一人赤い色の目立つカミューは困ったように笑う。その横へ追い付いた第一隊長が深々と溜息を吐いた。
「分かっていた事でしょう。無謀さではあなたはマイクロトフ団長にも負けませんよ。意図しているだけによほど性質が悪いんですから」
 やれやれと首を振る第一隊長だったが、マイクロトフは肩を怒らせて更に怒鳴った。
「カミュー! どうしてここにいるっ!」
「そりゃあ、おまえを追いかけてきたからに決まってるじゃないか」
 当然じゃないかと、場も状況も関係なく蕩けるような笑みで答えられてマイクロトフは喉を詰まらせた。
「な…っ! おまえ、団長としての自分の立場を分かっているのか! 今すぐ戻れ! 即刻城に帰れ!!」
 正論を吐き怒鳴り叱り付けるマイクロトフであるが、対するカミューの方はまるで風にそよぐ柳の如く柔らかな笑みを浮かべている。まるで言葉も価値観も違う遥か彼方の異邦人を相手にしているかのような心地になってマイクロトフはがっくりと項垂れた。すると心外だとばかりにカミューは年甲斐もなく唇を尖らせた。
「つれない。第一、自分の立場も後先も考えずに飛び出して来たのはマイクロトフであって、私はちゃんと部下たちに後を頼んで出てきたのになぁ」
 くるりと振り返ってカミューは共にここまでやってきた男に同意を促した。すると、渋々ではあるが彼は頷き、ちらりと自団長を伺い、軽く溜息を落とした。
「確かにカミュー様は赤騎士団の方々に、任せると言い置いてここにおいでです。まぁ多少の無理強いはございましたが?」
 それはもう、見事な手際で相手に反論を与える隙も作らず相変わらずの笑顔で。
「………そうか」
 妙な言動は多いが、偽りだけは絶対に口にしないともっぱらの信用を得ている青騎士団第一隊長の言葉に、マイクロトフはがっくりとしたまま重々しく頷きカミューを見た。その顔は機嫌よく心なしかきらきらとその瞳が輝いているようにすら見える。
「青騎士の仕事だから、邪魔はしないよ。ただそうだね、ちょっとばかり手伝わせてくれれば良い」
 私がいると便利だろう? とカミューは自身満々に胸を張る。確かに剣技にも魔力にも、いわんや知力にも他の追随を許さぬ赤騎士団長であるからして、その通りではあるのだがマイクロトフは大きく溜息を吐き出して「いや」と首を振った。
「ここに来てしまったものは、もう仕方なかろう。だが赤騎士団の団長であるおまえを動かす裁量は俺には無い。だから、おまえは何もせずに見ていろ」
「固いなぁもう」
 同じ団長職とは言え厳密な上下を示すのなら、青騎士団長は赤騎士団長よりも位階が下である。その辺のけじめはきっちりつけなければ気がすまないマイクロトフだ。そう言うのも当然であろう。だがそれでは何のためにここに来たのか知れないカミューだ。
「それなら良いさ、私は勝手にやらせて貰おう」
 拗ねたような口ぶりのカミューにマイクロトフがハッと顔を上げる。
「待てこら」
「なにさ」
「邪魔をするな」
 途端にカミューがじっとりとした目でマイクロトフを見た。
「どの口がそう言う事を言うんだ、ええ?」
「……おまえの日頃の行いが言わせるのだろうが。恨みがましい目で見るよりも、自省しろ」
 毅然と反論されて珍しくカミューが口ごもった。そして己に分が悪いと見て取ったか、ふうと肩を落とすと頼りなく自分の足元を見下ろして沈黙する。その様子にマイクロトフも些か口が過ぎたかと反省するものの、こいつにはこの程度が良かろうと結論付けた。それでも結局のところは見離せはしないのだが。
「まぁなんだ。それほど言うのなら、多少は手伝って貰おうか?」
「……え? あ、うん。やるやる」
 なんだい? と途端にまた目を輝かせてこくこくと頷くカミューに、マイクロトフもたまらず苦笑を誘われる。口元を歪ませながら説明を始めた。
「あのな、そろそろ偵察に行った奴らが戻ってくる。賊の大体の規模は知れているんだが、まぁ予想よりは多く見ていた方が無難だろう」
「うんうん」
「俺たちは正面から突っ込む。その時に、一呼吸置いて、おまえは反対側からでかい花火をあげてくれたら良い」
「あ、なるほど」
 カミューはぽんと手を打って、早速自分の馬を呼び寄せた。
 マイクロトフの打ち出したのは奇襲戦法の一種である。正面から一部隊が突撃したところで、もう反対側からも何かしらの、出来ればより大きな動きを見せた時、敵は目に見える小部隊の方にまず向かってくるものである。実際は誘導に過ぎないそれに、上手く敵が誘い込まれてくれれば、後は後方に控えていた者たちが回りこむように取り囲めば終了。
「任せてくれ。せいぜい大きな奴をお見舞いしてやろう」
 そして馬に乗り上がる寸前、カミューはマイクロトフの耳元に唇を寄せて囁いた。
「上手く出来たら後で俺にご褒美をくれると嬉しいなぁ」
 にやりと笑ってカミューは馬の背にさっさと身を移す。と、すかさずマイクロトフの固く握り締められた拳が空を切った。
「さっさと行かんか馬鹿者が!」



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2002/09/22