nothing changed 6
陽光は昼の中天を過ぎて、随分と西へ傾いている。
マイクロトフたち青騎士の潜む森もこの僅かな時間の間に、木々の成す陰の範囲が広くなり随分と薄暗くなった。辺りは静まり返っている。誰もが団長の号令を待っているのだ。
だが不意に、第一隊長がはてと首を傾げた。
「ところでマイクロトフ団長」
そそそ、と歩み寄って声を掛けるとマイクロトフが振り返る。
「なんだ」
「村の反対側へと回られたカミュー様ですが」
「うむ」
「我らの出撃の合図はどのようにしてお伝えするおつもりですか」
タイミングが肝心の作戦である。少しでも早かったり、また遅かったりすれば失敗する可能性は高い。確かマイクロトフはカミューにそうした合図の打ち合わせも何もしなかったはずではなかったか。
しかしマイクロトフは第一隊長の指摘に動じる様子もなく頷いた。
「それならば、心配することは無い」
「何故、とお聞きしても?」
「あいつならば、分かる筈だ」
「は……?」
いまいち理解し難く第一隊長は一声洩らして首を傾げた。だが次第に言葉少ない団長の言いたい事が分かったのだろう。ふむ、と顎を指先で捉えてちらりとマイクロトフを伺った。
「……して、その根拠は」
「今まで、カミューがこうした作戦で機を逃した事は一度も無い」
「さようで…」
呆気に取られつつも、それは真かと疑う第一隊長にマイクロトフは穏かに笑いかけた。
「と、いうのはまぁ冗談だがな」
「………」
「村の方に何事か動きが無い限りは、一刻後だ。今からならばもう半刻も無いか」
「何時の間にそのような取り決めをなされたのですか」
「昔からの倣いだ」
いつもそうしているものだから、いつの間にか何も言わない場合はそうするようになっているのだと言う。納得しかけた第一隊長だったが、またもハッとして眉を潜めた。
「ですが、あのカミュー様が如何に馬での移動に長けておいでとは言え、村の賊に気付かれずに僅か一刻で村の反対側まで行けるという確証はないのでは」
直線に突き進むのならば半時もかからないだろう。だがそれを回り込み、当然ながら村から見通せる街道などは利用できないから、茂みの向こう。下手をすれば林の中を駆けて行かねばならない。とすれば一刻とは少々無理があるのではなかろうか。
しかしマイクロトフはそんなことは無いと自信有り気に首を振った。
「それこそ大丈夫だろう。何しろこの辺りの地理は俺もあいつも知り尽くしているからな」
「そうなのですか?」
「あぁ、いつも厭きもせずに馬で駆け通していたから、近道なら心得ている」
「ほう」
頷いて第一隊長はふと俯いた。
己はこの目で見た事は未だ無いが、噂では赤騎士団長は草原の生まれ故に馬の扱いには事の他長けているらしく、騎士らしからぬ曲芸まがいの技までしてのけるとか。確かにかの赤騎士団長が馬にて駆ければ、誰よりも早く追随を許さぬ腕前だ。しかし、平たんな場所を駆けるのと、地表のでこぼことした林間を抜けるのとではわけが違う。しかしこのマイクロトフの口ぶりでは、なるほどカミューとはどのような地形であろうと見事に馬を走らせる事が出来るらしい。
「一度、見てみたいものですな」
「ん?」
「いえ……」
しかしそんなカミューと共に馬で駆け通したと言うマイクロトフ。いつも真直ぐな策を選るので戦場でも猛然と燃え走る火のような様しか見た事は無いが、実は奇襲の類にも充分対応できる動きも出来るのでは無いか?
そもそも青騎士団はどんな場面でも一直線で力任せのきらいがある。常々から多角的な動きも訓練せねばならないなと考えていたところだ。
次の機会があれば勧めてみよう。
密かに胸に刻む第一隊長であった。
ところがマイクロトフの言う一刻にも満たない時だった。不意に村の向こうから爆発的な火の手が上がった。
何事かと青騎士立ちは色めき立ち、一様に首を伸ばして噴き荒れる炎を見詰めた。
「団長。あれはもしかしなくとも、カミュー様の『烈火』ではありますまいか」
「……だな」
第一隊長の言葉に頷くマイクロトフの横顔は緊張を帯びており、一心に見詰める黒い瞳には炎が映り紅点が見える。
「何かあったに違いない。でなければあんな無茶などあいつがするものか」
マイクロトフは立ち上がり馬へと駆け寄りざま大音声で怒鳴る。
「行くぞ! 即刻突入する」
炎は益々勢いを増し、村のあちこちからはや黒煙がもうもうと立ち上りはじめている。そして聞こえてくる悲鳴。先ほどまでしんと静まり返っていたのが不思議なほど村は恐慌に呑み込まれていた。いつの間にか村からはバラバラと村人たちが身一つで飛び出してくる様は、強大な魔物に襲われたそれのようである。
「いったい何が……」
焦る青騎士の呟きにその顔を険しくさせ、マイクロトフは飛び乗った馬を駆って一直線に村を目指した。
紋章もまた個人の持って生まれた戦闘能力に属するものではあるが、騎士として大抵はその剣で事を済ませたがるカミューだった。今でさえ彼の『烈火』は有名だが以前は彼がそんな紋章を手に宿していると知らない者も多かったほどだ。それがあれである、よほどの事が起こったのだろう。
馬の蹄が土を蹴って伝わる振動が徐々に己の鼓動と重なっていく。そして高揚して行く闘志。
いち早く戦いに身を置いたらしいカミューの姿を探してマイクロトフは村人が逃げ惑う中へと真っ先に突入した。
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2002/09/29