nothing changed 8
結局、火事騒ぎの中逃げ出そうとした賊はことごとく青騎士たちの手に落ち、村は無事とは言いがたいがひとまず解放された。気を失っていた娘も意識を取り戻して家族の元へ帰ったというし、騒ぎは終結を見た。
そして。カミューはマイクロトフに事の次第を問い詰められていた。
さあ説明しろと目前で腕を組んで糾弾してくる男にカミューは椅子に腰掛け項垂れたままぼそぼそと語り始めた。
そしてカミューが説明をするには、村の裏手に回ったは良いが聞こえてくる騒々しさの中に女性の悲鳴を聞いていてもたってもいられなくなったらしい。そしてあの小屋を発見して覗けば今しも娘が一人、賊の男たちに襲いかかられている場面で、気がついたら『烈火の紋章』で小屋に火をつけていたのだと言う。
「何しろ、賊の人数が半端じゃなくて見張りも多くて……」
咄嗟の判断で賊たちを陽動するのに火を出したらしい。そこに飛び込んでいくとカミューの姿を認めた賊が娘を人質にして脅してきたらしい。ところがそこでまた男が娘に不埒な真似をし始めたと言うのでカッと頭に血が上ったとカミューは言った。
「お前らしくも無い」
そうマイクロトフが言うとカミューは「うん、そうだね。ごめん」と詫びるものの気まずそうに視線を逸らした。その様子に不審を覚えたマイクロトフが「なんだ」と問うと「えっと」とはっきりしない事を言う。
「なんだ、言いたい事があるなら言え」
「……怒らないかい?」
ちら、と伺うような視線にマイクロトフはひとつ唸ってから渋々頷いてやった。
「分かったから言ってみろ」
「うん。あの賊に囚われていた彼女なんだけどね、綺麗な黒髪だったのを覚えているかい」
「…そうだったか?」
「そんな訳は無いって分かっているんだけど、一瞬あの黒髪がお前のように錯覚させてね」
「……ちょっと待て」
「まるでお前があいつらに襲われているみたいに思っちゃって、それでこうぷつっと」
こめかみの辺りでぱちんと指を鳴らして見せたカミューを見下ろしてマイクロトフは短く息を吸い込んだ。
「馬鹿かお前は!」
「あぁ、怒らないって言ったのに…っ!」
「俺がどうして賊になんぞ襲われるんだ! 第一どうすればあの娘と俺を見間違える!?」
そんな馬鹿げたことが理由であんな大火を出したと言うのか。作戦をふいにしたと言うのか。確かに襲われかけた娘を救ったのは褒められるべき事だが、火が収まった後に確認すると焼け跡には剣に切り付けられた傷跡のある賊のものらしき死体がごろごろ出てきたのである。娘の証言で先に賊がカミューに剣で切り掛かったらしい事が分かっているから正当防衛が適応されるが、それにしてもやり過ぎだった。
作戦通りに事がすめばもっとスマートに、あんな火事さえ勿論おこらずに事態は収拾を見たに違いなかった。マイクロトフの怒りはだから一気に頂点に達した。
「これが怒らずにいられるか! お前のおかげであの村は何軒も家が焼けてしまったんだぞ!?」
「だって……」
「だってではない! そもそもお前反省をして……―――」
「だって俺だって限界だったんだ!!」
「……は?」
突然叫んだカミューにマイクロトフは一瞬ぽかんとした。何が限界だと? するとカミューはまたがっくりと項垂れてぼそぼそと言った。
「夜な夜な我慢しているこっちの身になってくれ。夢にまで見る程なんだぞ」
「何の話だ」
「だから俺がお前を抱きたくってたまらないと言う話だよマイクロトフ」
「…………………………………………カミュー、今俺はそう言う話をしているのではない筈だが」
「そう言う話だよ。おかげで最近は黒髪を見たらおまえに見える始末でね。あのレディが賊に襲われてしまっているところなんかまさにそれで、この俺を差し置いてなに手を出してるんだとか思ったら賊に対する憎悪がメラメラと……痛あ!!」
途中でマイクロトフの拳が入ってカミューの独り言は中断された。
「あの時、少しでもお前の心配をした俺が馬鹿だった!!」
怒鳴ってマイクロトフは踵を返した。ところがさっさと出て行こうとするその腕をすかさずカミューが掴んで捕らえる。
「待てマイクロトフ。話は済んでいない」
「知るか!! 言っとくが報告書はお前が書けよ、俺はそんな馬鹿馬鹿しい顛末なぞ書き連ねる気は一切無いからな!」
「待てマイクロトフ。この際だから俺の話をちゃんと聞いていけ」
「断る!」
カミューの腕を振り払ってマイクロトフは怒鳴りつけた。
マイクロトフは本気で怒っていたのだ。あの時、本当にカミューの事が心配でならなかったと言うのにこの男はその時にそんな事を考えていたと言うのか。それに我が身を省みず女性を助けに入るなんて、この冷静な男らしからぬ行動にも驚かされた。それが蓋を開けてみればこれである。
「おまえなんぞ暫く顔も見たくない!」
「冗談だろマイクロトフ。言っとくが俺は真剣だぞ?」
「ふざけるのも大概にしろ!」
「心外だね。俺は本気なのに」
実際そう告げるカミューの瞳はいたって真剣で、それに真っ向から見つめられたマイクロトフは思わず言葉に詰まった。
「良い機会だから言って置くよマイクロトフ。俺は、良いかい。もうキスだけでは我慢できない」
瞬間的にマイクロトフの眉間に険しく皺が寄った。
「不快かい? こんな事を俺に言われるのは嫌か?」
「……ふざけるな」
マイクロトフの低く押し殺した声にカミューはひょいと片眉を持ち上げた。そしてふっと短く息をつく。
「だからふざけてなんかいないよ。ずっとずっと我慢してきたけど、ほんともう限界」
はあっと情けなくも肩を落すカミューを見下ろし、マイクロトフは拳を握り締めてぶるぶると震わせた。そしてカッと吼える。
「なんだそれは!!」
「怒鳴るなよ」
「うるさい!! これが怒鳴らずにいられるか馬鹿馬鹿しい!!!」
バンッ! とテーブルを掌で叩きつけてマイクロトフは喘いだ。それから驚いて肩を竦めるカミューをギッと睨み付けて歯軋りをした。
「俺はいったい何だ?」
「え」
「我慢する必要が何処にあるんだ!? 俺はおまえに好きだと伝えた筈だったがな、おまえはそれをどう受け取っていたんだ?」
「どう……って」
それはもうそのまま受け取らせて貰ったつもりだったが、とカミューが恐る恐る考えているとマイクロトフはふと目を伏せてまた歯を噛み締めた。
「俺はおまえとは恋人になれたと思っていたが、それは俺の思い違いだったのか」
意表をつく気弱な声音にカミューの身体がびくっと震えた。
「マイクロトフ……? ちょ、ちょっと待て……」
「それでも俺はまだおまえの事が好きになったばかりで、キスするくらいで頭がいっぱいになる。だがおまえがそれ以上を望むのを拒絶する気など少しもなかったんだ」
マイクロトフの実直な告白を、カミューはぼんやりと口を開けたまま聞いていた。
「俺は、カミューの事が好きなのだし……カミューが俺を好きだと言ってくれるのなら、俺は……俺は……―――」
マイクロトフの唇はそれ以上を紡ぐ事はなかった。何故ならその唇はぐっと噛み締められていたからだった。またその瞳も苦しげに閉じられていて、テーブルを叩いた掌は握り込まれて小さく震えていた。
「……マイクロトフ…」
カミューは慌てて立ち上がるとそんなマイクロトフに触れて良いものかどうか、両手をうろうろとさ迷わせてからぎゅっと握りこんだ。
「その……ごめん…」
詫びるしかない。
カミューとマイクロトフでは互いを思ってきた期間に長い隔たりがあるのは仕方のない事実なのだ。それでもマイクロトフは一生懸命カミューに合わせようと気遣ってくれていたのに、自分はただ焦るばかりで相手の気持ちなど思い遣っていなくて。
そんなカミューの謝罪に、だがマイクロトフは緩やかに首を振った。
「構わん……何も言わずにいた俺も悪かった」
「でもマイクロトフ」
「少しばかりすれ違っていただけだ。正しく理解しあえたら俺はそれで良い」
何処までも公正で清廉なその言葉にカミューは益々居所をなくして俯いた。だが同時にこんな男だからこそ彼のことが好きでたまらないのだと思う。
「うん、でもやっぱりごめん、マイクロトフ」
カミューはまた詫びてテーブルの上にあるマイクロトフの拳に自分の手を重ねた。
「何だか俺はずっと一人で先走ってばかりで、おまえを怒らせてばかりいる」
これからはちゃんとおまえに言葉で伝えるよ、とカミューは深く反省した。そして暫し沈黙した後で、マイクロトフの拳をぎゅっと握り込んだ。
「で、マイクロトフ」
反省はした。きっちりと深く深く反省した。
「と言うことは、これからはキスより先に進んでも構わないと言うことだな?」
「……………」
びくっとマイクロトフの肩が震えた。だがカミューは構わずに握った手に熱を込めると逃さぬとばかりにその背にもう一方の手を回す。
「我慢しなくても良いんだよな?」
念を押すように付け加えた言葉に、だがガバッと顔を上げたマイクロトフはきっぱりと返した。
「駄目だ」
「……え」
「我慢しろ」
「ちょ……っ、それさっきと言っていることが違うぞマイクロトフ!」
「うるさい。そもそも最初と話の論点が摩り替わっているではないか。あの村を火災に見舞わせた責任はきっちりと取るんだな。あぁそうだとも、反省も含めて暫くは俺にキスもしてくれるな!」
「なっ!!」
言うが早いかうろたえるカミューの手を振り払ってマイクロトフは居住まいを正すとさっさと部屋を出て行く。そしてカミューがハッと我に返った時は既に扉が閉じられた後の事で、更に告げられた言葉を理解し終えたのはマイクロトフの足音が遠く消えてしまった頃だった。
後日。
賊の出現で一時はかつての勇猛で凛々しい両団長の姿を垣間見た筈だった赤青の騎士たちは、今日も今日とて結局何も変わっていない日常を送るはめとなっているのだった。
end
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2002/12/01