Age of lonelines 2
最近、カミューの様子がおかしい。
何かを悩んでいるようなのだが、それを決してマイクロトフに気取らせないようにしている。
今日だって話しかけても早々にそれを打ち切って去っていってしまった。
掠れがちの声に、身体の具合を心配していたのだが、そんなマイクロトフの言葉を聞く暇もなく背を向けて行ってしまった友人。
カミューは時折自分の体調に無頓着だから。
もう夜はすっかり寒い季節なのに、毎夜のように出掛けていれば体調も崩すかもしれない。だがそれで医者通いをするような性格でもない。
心配をするのはマイクロトフの勝手だが、これでも親友なのだ。心配だと訴えて悪いことはない。それに、他の誰がカミューに図々しく案じる言葉などかけてやれるというのか。
人付き合いが良さそうに見えて、カミューにとっての真の友人は、実際には数えるほどしかいないのだ。あの柔らかな微笑に騙されない人間だけが彼に受け入れてもらえる。
厄介な男である。
「……全く」
マイクロトフは緩く首を振ると顔を顰めてもうそこには居ないカミューの姿を睨み付けた。
「おい、マイクロトフ」
呼ばれて振り向いた先には同じ隊の青騎士連中が数人立っていた。
なんだろうと首を傾げて寄って行くと、彼らは手招いて自分たちの輪の中にマイクロトフを誘い込んだ。そして、妙に抑えた声でひそひそと話す。
「マイクロトフだったら知っているよな」
「なにをだ?」
思わず自分も声をひそめてマイクロトフは返す。すると青騎士たちはにやりと笑みを押し殺しながら頷きあっている。
「カミューの今の彼女だよ。あの白騎士の第六隊長から獲ったって本当か?」
言われてマイクロトフの頭が一瞬真っ白になる。
だが直ぐに爆発したように大声を出していた。
「何を下らん話を!」
「うわ、マイクロトフ…っ」
顔を寄せ合っていたところでの怒鳴り声だ。青騎士たちは耳を抑えてしゃがみこむ者あり、顔を背ける者あり。
しかしマイクロトフにしてみれば当の心配をしていたカミューのことで、そんなふざけた話を聞かされて腹立たしい事このうえない。
「カミューのじ、女性関係など俺が知っているわけがないだろう。だいいち、人の事を陰でこそこそと噂しあうなどもっての他だ!」
そんなマイクロトフに青騎士たちは首をすくめて気まずい顔をする。
「悪かったって、マイクロトフ。そんなに怒るなよ」
「そうそう。別に俺たちはただ興味本位でこんなこと聞いたわけじゃないんだぜ?」
「どういうことだ」
すると彼らはやっぱりな、と目で頷きあった。
「マイクロトフが知らないのも無理はないが、白騎士の第六隊長といえば粘着質なので有名だ。特に女性に対してはな、噂になるくらい酷いんだ」
わけ知り顔の青騎士が少しばかり真剣な面持ちで教えてくれる。
「もしこの噂が本当なのだとしたら、カミューが心配じゃないか。俺たちは、そりゃマイクロトフ程あいつのことは良くは知らない。けど、まったく知らない仲でも無いしな」
普通、騎士団の色が違えば元からの交友などが無ければあまり知り合うことはない。だがマイクロトフとカミューは従騎士時代からの友人同士だ。その関わりで互いの友人同士と顔馴染みにはなる。
「俺の聞いた話じゃ、白の第六隊長はえらく嫉妬深いらしくて、恋人が他の男性と目を合わせるのも許さなかったらしい。浮気を疑われた相手の男に脅迫まがいの威しをかけて二度と近づかないようにしたなんてざらの話だ。前の恋人とはそれで別れたというが、もし今の恋人をカミューが横から攫ったとなれば、どうなるか」
マイクロトフが聞いた事もないような噂話を彼らは当然のように話し、肯定しあっている。それを唖然と聞きながらマイクロトフは驚きに顔を強張らせていった。
「カミューは随分目立つ奴だしな。ただでさえやっかみの対象だろう? それに相手が相手だ―――それこそ、下らない事でカミューの立場が悪くなるような事は、避けたいじゃないか」
言われてマイクロトフは項垂れた。
「確かにそうだな」
「俺たちだって心配しているんだ。マイクロトフ、だからおまえが少しでも何か聞いていないかと思っていたんだが」
「……俺よりも、おまえたちの方がよっぽど詳しいぞ」
「そのようだ」
肩を竦めて青騎士たちは苦笑いを浮かべる。
そのうちの一人がぼやくように言った。
「まったく、どうしておまえ達が親友同士なのか、不思議だぜ」
そんな言葉にマイクロトフを除く全員が大げさに頷いた。
「本当にな。どうしてあのカミューの親友が、このマイクロトフなのか」
指差されてマイクロトフは憮然と唸った。
「馬鹿にしているのか?」
すると途端に青騎士たちは慌てた。
「違うよ。誰も馬鹿にしてないさ。ただ、そうだなぁ……マイクロトフのそういうところをきっと、カミューの方が気に入っているんだろうな」
「どういうところだ」
「だからそういうところ。俺たちも、そんなマイクロトフを気に入っているからな。これからもその調子でよろしく頼むよ」
「わけが分からんぞ」
だが青騎士たちは、やっぱりそれで良いんだと勝手に納得して笑っている。
ことごとく馬鹿にされているような気がしてマイクロトフは更に唸った。しかし、今はそんな彼らに不満を言っている場合ではない。
「とにかく。なんだ、その白騎士の第六隊長殿がカミューに何かするというのなら放ってはおけんな」
「あ、そうなんだよな」
「まぁ、まだまだ噂の域を出ていないからな。赤騎士の方にも聞いてみる。何か分かったらマイクロトフにもまた教えてやるからな」
「頼む」
結局、後日聞いた話ではやはり噂はただの噂であった。
ただし火のないところに煙は立たないらしく、どうやら白の第六隊長が口説こうとしていた女性が、一方的にカミューに熱を上げていたという話だった。
口説きの最中に騎士団でも評判の色男の話を聞かされて、くだんの第六隊長も随分気の毒なことだ。
だがカミューには別にやはり交際中の女性がいる事も判明した。
何処の誰かとは流石に分からなかった。
しかし、どうやら普通の街の娘ではないようで、清い交際でも勿論ないらしい。カミューが深夜に、裏通りへと消えて行く姿を見たという話もあるのだ。
心配だ。
声もなく呟いて、黒い瞳を瞼の奥に閉じるとこめかみを親指で揉む。
マイクロトフはそんなカミューの噂話を聞いたその夜、自室で一人酒を飲んでいた。
話を聞くにつれて、己の顔がどんどんと不機嫌になっていくのが分かった。親切に教えてくれた友人には悪いことをしたような気がする。
だが、カミューの事を考えるとどうしても不満が募った。
どうして何も言ってくれないのか。隠すのか。
しかしきっと、マイクロトフが聞けばカミューは教えてくれるのだろう。聞かないから何も言わないだけだ。周囲から見ればそれは隠し事とは言わない。
簡単な話しに見えるが、しかしそもそもマイクロトフが女性との交際について自ら水を向けるとは、誰も思わない。カミューだってそんなマイクロトフの不器用な面は知っているのだ。
つまりカミューから言わない以上は、マイクロトフが女性関係について何かを知り得ることはない。
こうして第三者から間接的に聞く以外には。
それが、不満だった。
別に何もかも余さず教えて欲しいとは思わない。
けれど、明らかに余裕のなさそうな態度で、ふっつりと口を噤まれてしまうと、裏に何を隠しているのだと気になるではないか。
だからマイクロトフはカミューから何か相談をしてくるまで、何も聞かずに我慢していた。それに、もし悩み事が女性関係ならそれこそマイクロトフの出る幕ではないし。
今回、不穏な噂を聞いたがそれが杞憂に終わった事でホッとしている。
もしかしたらカミューもそんな噂を聞いて気にしていたのかもしれない。ただの誤解で良かったと本当に思う。
でもそれでも、僅かな擦れ違いがちりちりとした苛立ちを誘うのだ。
酒でも飲まなければ、すっきり眠りにつけないような、そんな気分だ。
そしてマイクロトフはグラスに残る琥珀色の酒を一息に呷った。
だが、マイクロトフは結局何も知らないままだ。
カミューが何を悩んでいるのか―――それを知るのは、もう少し先のことである。
ただこの夜のマイクロトフは、風邪がまだ治りきっていないらしい親友の様子を気にかけて、静かに眠りにつくだけだった。近いうちに酒でも持ち込んで彼と夜更けまで他愛のない話しでもしようと考えながら―――。
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今回は書き下ろし。
マイクロトフを取り巻く環境など。
2004/03/02
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