Moonlight


 明かりの落ちた室内で、二つの息遣いだけが聞こえる。
 カミューは柔らかな寝台に背を預けながら、落ち着きなく視線を天井に壁にと彷徨わせていた。

 ―――なるほど、抱かれてくれとはまさしく……。

 漸くマイクロトフの言わんとしていた事に納得してカミューは堪らず目を閉じた。
 つまりは受身になるのだ。カミューは、マイクロトフに抱かれるのだ。

 ―――うわ。

 考える前にマイクロトフの指がカミューの脇腹の敏感な箇所を撫でて、思考が中断した。ぞくりとその辺りの肌が総毛立つ。まさか、男の自分が愛撫を受ける立場になろうとは考えもしていなかったのである。
 確かに抱かれてもいいと思えるくらい想っていたが、実際そうなるとは夢にも思っていなかったからだ。
 ともかく、先ほどから全身を検分するように撫で擦っていくマイクロトフの指先と唇に、たとえようのない羞恥と戸惑いを覚えるカミューだった。なんと言う居心地の悪さだろうか。
 寝台の上で、カミューは堪えきれずに身じろいだ。
「マイクロトフ」
「なんだ?」
「身の置き所が無いんだが」
「すぐに慣れるだろう」
 発言は一蹴され、マイクロトフの唇が耳を食んだ。

 ―――う、わ……。

 突然身体を突き抜けた快感にカミューは一気にのぼせた。
「カミュー…?」
「…っ……」
 それまでマイクロトフの愛撫に上の空だったのが、耳元で囁かれるそれだけのことでざわめくように快感が身体中に広がっていく。
 思うように身体が動かず、まるで見えない操り糸で四肢を絡め取られてしまったようだった。
 その自由の利かなさに、思わず縋るように腕がマイクロトフの背を抱き、ただ成すがまま身を預ける。震える身体をなんとかして欲しかった。しかし。
「…カミュー」
 耳元で囁かれる声にマイクロトフの隠し切れない嬉しさを感じ取り、カミューの思考がますます焼ける。
「も…っ、なんとかしてくれ……」
 悲鳴のように囁いてカミューは訴えた。
 身体が益々言う事をきかなくなってくるのに焦りが滲む。こんな事は初めてだった。ぞくぞくと奥の方から震えが上ってくるのだ。
 いつしか後ろを探りはじめたマイクロトフの指の動きは不快さしか与えないと言うのに、こうも直裁に彼の声が脳髄に響くだけで、頭の芯が痺れる。
「マイクロトフ……っ」
 ただ名を呼ぶ事くらいしか思うままに任せず、カミューは何度もその名を繰り返した。その度にマイクロトフのカミューに触れる肌の温度が高くなっていくような気がして、その高温度の感覚にいっそう慄く。
 マイクロトフ。
 いっその事全てさらってしまってくれたら良いのに、と僅かに残る理性を持て余してカミューは浅い呼吸を繰り返した。
 だが。
 一度、あまりの強張りにとりあえず先に達した方が良いだろうと、震える身体を宥められながら前を弄られた。おかげで、少しだけ緊張の解れたカミューの身体をマイクロトフは改めて抱えなおした。
 そしてもう一度後ろを探られる。
 やはり違和感しか感じないのだが、次第にむず痒いような感覚が広がってゆくのだから不思議だ。今まで、そんな場所で感じるなどあり得なかったのに。
「…マイクロトフ」
「うん?」
 自分を覆いかぶさるようにしている男を見上げれば、顎から汗を滴らせている。ふと見下ろせばマイクロトフのそれは何もしていないのに張りつめていた。
 本当に抱きたいと思ってくれていたのだと、そんな実感がカミューの中にすとんと落ちる。途端に泣きたいような気持ちが胸の奥をざわめかせ、愛しさが込み上げた。
「もう、大丈夫だと思う……けど…」
 ずっと丁寧に後ろを慣らしている指の異物感が徐々に薄れてきている。そうして再び顔を上げれば、薄闇の中でマイクロトフの黒い瞳と目が合った。
「まだ狭い」
「う……でも、おまえの方が辛そうだ」
 同じ男だ。その辛さが分からないわけがない。
「わたしなら大丈夫だから、もう良いから……」
「カミュー…」
 とにかく先へ進みたい。
 このときのカミューはそんな気持ちだった。だがいざ繋がろうと思ってもやはりすんなりとはいかない。どちらも同性相手ははじめてのこと。
 指を引き抜かれてホッとしたのも束の間。宛がわれた熱の、指とは比較にならない大きさに思わず腰が逃げを打つ。しかしカミューはマイクロトフの腕を掴んでそれを堪えて、奥歯を噛み締めた。
 そしてゆっくりとではあったが、漸く全てが収まりきった時、マイクロトフが大きく息をついた。
「平気か……」
 冷や汗の滲んだ額を慰撫する掌に、カミューは困ったように自らの掌を沿わせた。正直、衝撃に四肢が砕け散りそうだった。
「……平気だ」
 それでもそう答えてしまう。
 痛みさえも喜びに変わってしまう。全身を凌駕するほどの痛みはすなわちマイクロトフとの行為をありありと思い知らせてくれて、歓喜すらする。
「マイクロトフ……マイクロトフ……」
 衝撃に震えて冷たくなった指先を繰り、硬直したような男の背に縋り身を寄せる。すると身の裡に納まったマイクロトフが角度を変えて微妙なところを擦り上げた。
 痛みと同時に何かが身体を震わせる。
「……んっ」
 伏せた目の縁に朱が走った。
「カミュー…」
 寄せた男の唇が耳を甘噛みして名を囁く。その、普段とは少し色を違えたその声音の齎す快感にカミューは浅く息を吸って耐えた。
「動くぞ?」
「…あ………ぁぁ……」
 息も絶え絶えに頷くと、身体を寝台に倒されて足を抱え上げられた。
「や、あ―――いっ」
 途端に引き攣れたような痛みが走って歯を食い縛った。だが、了承を得た男はもう遠慮を忘れてしまったらしい。それこそ今までよくぞ我慢できたものだと言いたいくらいで、マイクロトフは一度動き出すと後は止める術を知らないように腰を動かした。
 その途端に激しくなった攻めに、カミューは痛みに身を固くしたままがくがくと揺さぶられて、喉をつきそうになる悲鳴を噛み殺した。
「んっ……―――んっ…」
 痛みと共にせり上がって来る圧迫感に涙が押し出される。自由なままの両手でもって口と目を押さえてカミューは悲鳴を堪えた。だが、不意に自身を掴まれ息を飲む。慌てて掌を外し涙に滲む眼を開けばマイクロトフと視線が絡んだ。
 息を弾ませながらマイクロトフが覗き込んでいる。
「カミュー、辛いか」
 首を振った。
 辛くない。少しも辛さは感じない。どちらかと言えば、ただ、嬉しいばかりで。
「いい…よ……」
 掠れた声でそう告げる。
 微笑もうとして瞳を細めれば、情けないほど目尻から涙が流れていくのだが、それでもカミューは歓喜に震えながら更にマイクロトフを求めた。
「すごく、いい……マイクロトフ」
 痙攣をおこしたかのように震えて言う事を聞かない腕を、なんとか持ち上げてマイクロトフに差し伸べてその精悍な頬を撫でた。するとマイクロトフの瞳が深い色を湛えてカミューを愛しげに見つめてくれる。
 そしてカミューの腕を取って上から被さるように抱き付いてきた。
「カミュー………好きだ…」
 直ぐ側で囁かれた言葉に、カミューはこんな時だと言うのに少しばかり呆然とした。
「あ…うん……」
 頷くが、どうにも思考が追いつかない。
 だが再び身を起こしたマイクロトフが、再びカミューのゆるりと立ちあがったものに触れた時、ぞくりと走った快感と一緒に漸く意味が理解できた。
 とても、簡単な一言。
 なのにどんな多くの言葉よりも重い。
「あ―――マ、マイクロトフ……」
 理解と共に訪れた羞恥に焦ってカミューは身を捩るが、自身を丁寧に扱かれてそれどころではなくなる。カミューは痛みと快感と羞恥でわけが分からなくなってひたすらに喘いだ。
「や、あっ、あっ、マイクロトフ…っ―――」
 そして片手で腰を押さえられて再び律動を開始される。
「カミュー……っ」
 堪えるようなマイクロトフの余裕のない声が耳に届く。その声にまた煽られてカミューは忘我の涙を零した。
「マイクロトフ―――……」
 刹那弾けた自身の欲望に頭の芯がぼうっとなりかけたが、すかさず脱力しかけた身体をぐっときつく寄せられ、同時に身の裡で膨れたマイクロトフの存在に目を瞠って呼吸を止める。そして一呼吸のあと、カミューは身体の奥に熱い飛沫が届く感触にたまらぬ充足感を得て、そのあまりの衝撃に身体を震わせた。
 初めて覚える感覚に神経を焼き焦がされる。
「あ……―――」
 そして緊張が頂点に達した時、カミューは意識を飛ばした。



 それでも意識を飛ばしていたのはほんの僅かの時間だった。
「ん……っ」
 身が焼けるような感覚に揺すられて目を開けると、今まさにマイクロトフがカミューから身を離したところで、途端に空虚な寒さがカミューを包もうとした。
「マイ…ク……ロトフ……」
 身体中がまだ震えて力が入らず、声もまた思うように出なかった。途切れがちに掠れた声で呼んだが、それでもマイクロトフはしっかり気付いてくれた。
「カミュー、気付いたか?」
 薄い暗がりの中でカミューの頬を両手で挟み顔を覗き込む。そして暫くじっと見つめてから、詰めていたらしい息をゆるゆると吐き出した。
「良かった。気を失うから俺はどうして良いかと…―――」
 その黒い瞳に限りない愛しさを込めて見つめてくる。そんなマイクロトフの手に自らの手を重ねてカミューは吐息をついた。
「マイクロトフ……好きだよ」
 ぽつりと、初めて口にした素直な想い。
 抱いてくれたらとか、傍にいたいとか、そんな言葉は言ったが、きちんと愛情を言葉にしたことは一度もなかった。口にすると途端に希薄な言葉に変じてしまうようで、畏れていたのかもしれない。
 緊張に胸が震えた。
 好きだと言ってくれたから、嬉しくて。
 寄せてくれる想いの確かさは充分伝わっていたのだが、きちんとその声で紡いでくれた言葉があまりに綺麗で愛しくて。
 だからつい自分も言葉にしてしまったのだ。
 だが言ってしまってからどっと後悔が押し寄せてカミューは目を伏せる。そして言わなければ良かった―――そう、思いかけたところだった。
「カミュー」
 ふわりと温もりが身体を覆った。そして耳元でやっと聞こえるくらいの小さな声で「うれしい」と囁きが聞こえた。途端に頬が火照る。
「マイクロトフ……」
 伏せた男の頭髪が目前にかかる。カミューはそろそろとその黒髪に指を指し込んだ。そしてその大きな背にもう一方の腕を回した。

 あたたかい。

 それだけで感動する自分にカミューはもう驚きはしなかった。
 マイクロトフを成すひとつひとつが愛しくて、彼が自分に齎す言葉も温もりも全てが大切でかけがえがないのだ。こうしてその全てを与えられた今、何を隠す必要がある。
「マイクロトフ―――」
 その背を撫でてカミューは深い充足の吐息をついた。



 もう、凍える夜気に空虚な孤独の風は感じなかった。





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お初。
告白話とセットです。
誰か代わりに手直しして欲しかったかも。
ああでもそれもやっぱり恥ずかしいか……本当にまったく…。
でもこれが初々しくも一番ラブラブな青赤ですよね。

2004/05/11

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