WoodsT | 木について考える T | HOME To WoodsU |
大自然の、大いなる恵みを受けて育つ木。 名工ストラディヴァリュウスは、自分が使うカエデを山の斜面に植え、育てて使ったといわれている。 その植えるところでさえ、東南から西に向かう谷、しかも、35度の斜面のものが、ヴァイオリンに最も適していたという。 ヴァイオリンは、弦やあご当てなど一部、付属品の金属をのぞけば、すべが木、 塗装のニスでさえ、その原料の大半は樹からにじみ出る樹脂。 松ヤニをはじめ、ダンマー、コパール、エレミー、シュラック、サンダラック、ベンゾイン(安息香)などなど・・・。 ニスに用いられる樹脂、それに着色用の樹脂としてのキリンケツ、ドラゴンズ・ブラッド、ガンボージなども、ほとんどが南方系の樹の樹脂。 溶剤のメチル・アルコールやアマニ油、スピカラベンダー油、クルミ油など、 一部、テレピン油のような鉱物質をのぞけば、ほとんどが自然界の植物に由来している。 |
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◇ 一本の木 |
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北米からカナダに自生するセコイヤというマツ科の針葉樹は、樹高が111メートル、幹の直径が8メートルに達するものがあるという。 一方、富士山の五合目あたりにあるハエマツは、樹高はたったの1メートルほどしかない。 盆栽では、樹齢が数十年経っているものでも、50センチにみたないものもある。 それでも、みんな立派な一本のマツ。 深夜まで、シコシコと板を削りながら考えるのだが・・・、 もともと木には、「震動」を全身に伝える重要な役割をもって生まれ、進化してきているのではないかと思う。 激しい風雨や風雪、ときには大地のゆれや動物たちの揺さぶりにも耐えている。 木は生まれ育ったその環境に合わせ、震動や刺激が強ければ強いなりに、その揺れを全身に伝える。 葉から枝に、枝から幹に、幹から根に伝え、幹を太くしたり、根を大きく張らなければ成長できない。 また、木は外見だけではなく、細胞同士の結合にしても、それなりに環境に適合させて生きている。 条件が悪ければ悪いほど、強くてかたい細胞で結ばれ、環境がよければ自然と軟弱に育つだろう。 そんなことから、木には、ほどよくしなやかな弾性と、たたけばよく響く特性をもっているのだ。 木は、加工しやすく、すぐ身近にあることから、人々は重要な生活素材としても、太古の昔からたくさん使われてきた。 洋の東西を問わず、パーカッションをはじめとする多くの楽器の材料としても使われてきた。 ストラディヴァリュウスがこだわった、自生地の「傾斜」や「環境」にしても、単なる逸話ではないと私には思える。 この業界の専門家たちの言葉で、「何々は、どこどこ産のものでなければ」ということをよく聞く。 しかし、そういう人ほど詳細を語ろうとしないし、また、書いてもいない。 また、いくら本場の輸入材であっても、それが、どこの産で、どんなところに自生していたかなど、分かるはずもない。 たとえ1属1種の植物であっても、上記の理由からも、それほど単純には語れないはずだと私は思っている。 そして、同じ1本の木にしても、根元の方がいいのか、あるいは中程か、 はたまた末の方がいいかなど、場所や部位によっても木の質は大きく異なる。 同じ種の植物であっても、育つ環境が違えば、細胞の密度も質量も違う。 高地や、寒いところで育ったものは、成長が遅い分、年輪はつまり、固くなるだろうし、暖地ならその逆になる。 それに、たとえ同じ土地、同じ種類の樹木でも、自生する野や山の斜面の方向、 土壌養分の貧富の差、酸性・アルカリ性の差、 そのほかにも自生する密度や日照条件、水分供給量、 気温の日較差(1日の寒暖の差)など、あらゆる自然環境さえも関係するから、 それをひとつのものに限定することは、まず不可能なことだ。 その点、参考文献でも紹介した昭和の名工・無量塔蔵六氏の著述には、ご自身が製作者であるだけに説得力がある。 以下でも、その一部を引用させていただきます。 |
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◇ 表板(響板)について |
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ドイツでは、表板にはドイツトウヒと呼ぶ日本のアカエゾマツや
クロエゾマツに似たマツを使う、と書かれている。 それを、朝日百科『植物の世界』でひもといたら、 学名[Picea abies]、別名「オウシュウトウヒ」 や「ヨーロッパトウヒ」と呼ばれている木ということが分かった。 ヨーロッパの北・中部に広く分布して純林をつくり、ドイツの黒い森シュバルツヴァルトがこの樹種であり、 一般にはスプルース(スプルスともいう)と呼ばれている。 ドイツでもイタリアでも、木目(晩材)が『密でよくそろっているもの』を基本的な第一条件としている、と無量塔氏は書いている。 ところがストラドやグァルネリの作品の多くはこれに反し、意外と『粗野な、冬目(晩材)のよく発達したもの』を用いたという。 一方、二人の師匠のニコラ・アマティや、南ドイツのヤコブ・スュタイナーたちは、『絹のような細く、幅のせまいもの』を好み、 甘く柔らかな音の楽器をつくったという。 いずれも、後世に残る名機を数々つくっていることから、よくいわれる「基本的第一条件」というものの根拠すらなくなると説いている。 このように、響板(表板)には「この樹種」、「この木目がいい」といったところで、あらゆる条件を加味しなければならないから、 一概に「この木がベストだ」とは断定はできないはずだと、私は考えている。 よい響板をつくるには、その木肌から、年輪から、様々な環境や条件を読みとり、 堅さや密度を十分考慮し、 それにふさわしい曲線とか厚さに削っていかなければならない。 それには「正しい判断力」、「客観的な事実認識」に加え、作者の「洞察力や観察力」も、当然、重要な要素になる。 ヴァイオリンが楽器である以上、できた結果の「音」が大事だから、当然、できあがった後の「予知能力」や、 ときには肌で感じる「野生の感覚」のような、直感やひらめきも欲しいものだ。 私のように、そうした才能のない理屈でものを考える凡人では、 推論や論理などを少しでも拡張させ、発展させ、 飛躍させたところで判断するしかない。 さて、トップページで「裏板には富士山のカエデ、表板には建築資材の端材のスプルース を用いた」と書いたけど、 こんなものでよくヴァイオリが、と笑われる方もおられるでしょう。 『美しいフォルム』や『参考文献』で紹介したアメリカ・オレゴン州の制作者、 ヘンリー・A・ストローベル氏は、地元オレゴンのメープル(カエデ)、 スプルースを用いて、好結果を得たことを力説している。 北米のスプルースは、カナダ・トウヒ、あるいはホワイト・スプルースとも呼ばれ、日本建築の杉材の代用として用いられている。 白くて、木目が詰んできれいにそろっており、狂いが少ないことから「障子の枠」や「桟」、 「付け鴨居」や「廻り縁」、「神棚の棚板」としてよく使われている。 その中から、正柾目であり、晩材が密につみ、発達しているものを選別して使ったから、 身近で入手したといっても、でたらめで、全く根拠をもたなかったわけではない。 ともかく、当初は、弦楽器としての材料の入手経路が分からなかったから、ごく、身近な材料を入手してつくったというわけ。 その後、ヨーロッパの輸入材が手に入るようになり、 できたものを実際に比べてみても、マチュアとして、かつ習作用としては大差なく使えるという確信がもてます。 無量塔氏でさえ、日本の北海道産エゾマツも一考に値すると書いているぐらいですから・・・。 また、北米のカエデとしては、ビッグ・リーフ・メイプルであったり、 カーリー・メイプル、バーズアイ・メイプル(鳥の目カエデ)などが使われています。 ここで、ヴァイオリンの表板、裏板とも、なぜミカンの房のようにふたつのものを左右に割り、 わざわざそれを背中合わせに貼り合わせて使うのか、を考えてみましょう。 そうすることで一冊の本を真半分で開くようなブックマッチになり、左右がほぼ対称な木目になります。 もうひとつ、響板(表板)の断面のどこを見ても、年輪がカーブに削られた板とほぼ直角になります。 それは、力学的な強度もさることながら、振動の伝達速度がいちばん速い構造ということになるからです。 別な見方をすれば、 「ヴァイオリンの構造そのものが、つくり如何をとわず、すでに、 ある程度共鳴する形に作られている」 ・・・ものだと私は信じている。 だから、上述したように作家の好みで、たとえ板目が違い、木の種類も違い、 微妙な音色こそ違っていても、同じように鳴る、ということになるのです。 ストラドは、ポプラ(植物学的にはカエデの一種)でもヴィオラをつくり、まさしく現存している。 また、過去の名工たちの実例のように、ある作家は薄目に、別の作家は厚目に削ってあっても、 当然、彼らなりのポリシーをもってつくっているわけだから、 結果としては、両者とも名品としての評価を得て残っている、というのも事実。 そうした様々な条件にかんがみ、その素材にふさわしい削り、厚さ、組み立て方をすれば、 ヴァイオリンはそれなりの音で鳴ることがお分かりいただけると思います。 ◇ 裏板 〜 富士山のカエデ いままでも書いてきて通り、私が富士山のカエデを使ったわけは、制作材料としての輸入材の入手経路が分からなかったこと。 そして、身近な知人を通して富士山のカエデが楽に手に入ったことがいちばんの要因。 参考文献と一緒に紹介したアニメ『星空のバイオリン(実話のアニメ化)』の主人公、 長野の小沢僖久二さんは 新潟までヤチカエデ、サワカエデを探しに行ったとありました。 初代・鈴木バイオリンの鈴木政吉翁は、表板に北海道のエゾマツなんかも使ったようだし、 岐阜鈴木ヴァイオリンなども、飛騨から岐阜の山のものを使ったと書かれていました。 その両者の古い楽器で、どう見てもヨーロッパ材ではなく国産材とい思われるものを、それぞれ、私は保有しています。 それで、製材所を経営しながら建築業もやっている友人・K氏のところで、 以前、民家の床の間「床柱」に、土地のカエデを使ったことを思いだし、頼み込んだわけ。 そのカエデは、富士山の周遊道をつくったときに伐採され、以来、ずっとねかされてたもの。 だから、もうすでに30年以上は経っているいうもの。 樹皮のついたところには、地衣類や苔がミイラのようについていたりして、本当にその古さが感じられました。 切ってみるとフィドラー・バック(ヴァイオリン杢)がしっかり入っているものありました。(写真右上:7号機バック) このような黒柿に似た黒褐色の斑模様さえ入っているのですから、 『世界にふたつとない』個性的なバック、「マイ・ヴァイオリン」ができたわけです。 無量塔氏も記述しているように、国産のカエデとして固くて削りにくかったのは事実だったし、 その斑模様の場所により、組織により、固さが著しく異なることでした。 パフリングをはめ込んだり側板を貼ったとき、しみ出したニカワをよくふき取らないと、ニス仕上げでシミやムラになることがあります。 私はそれを嫌い、写真のように削りあがった時点で木地の着色と、薄いニスを一回ずつ塗って汚れ防止をかねているから、 写真のように、この時点では黄色くなっています。 この着色には、川上氏のマニュアル通り、クチナシの実からメチルアルコールで抽出した「黄色の染料」を、一、二度塗っています。 カレーの、黄色い色付けも使われる右近(ターメリック)でもいいと書かれた本もあり、 実際にテストしましたが、紫外線による色抜け(劣化)が激しく実用にはなりませんでした。 後日、制作仲間からヴァイオリン専門の染料・ガンボージ樹脂やドラゴンズブラット(竜血)樹脂をいただき、 使ってみましたが、 こちらは値段が高いことをのぞけば、間違いなく優れた染料です。 こうして着色すると、ちょっとした傾きで、ニスの下の、フィドラー・バックの木目が、きれいに黄金色の反射をするようになります。 この写真が、黄色いのもガンボージで着色したためです。 |
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