[ エッセイ ]
◇ ツバメの話その1. 2000.3
お彼岸前のまだ肌寒い頃。
今年も、我が家の軒先にツバメが1羽やってきた。
毎年、飛来していることなので、さほど注意はしていなかったが、よくまわりを見ても、まだ世間ではほとんどツバメは舞っていない。
最初は、「まぁ、ツバメだって気の早いヤツもいるさ!」ぐらいに思ってた。
でも、なぜか、そいつは事務所のシャッターの中が好きで、天井からぶら下がった照明器具のカバーの上、
暖かい暖房の効いた?ところに寝泊まりしているのだ。
困ったのは、こちら。
その頃は、まだ、朝の日の出が遅く、日の入りも早いので、朝晩のシャッターを閉めるのになんの苦労することはない。
日頃の生活通り、やっていた。つまり、朝は8時から8時半には開け、夜は、7時頃には閉めていた。
シャッターを閉めるに際しては、我が家のものは電動ではない原始的なものだから、長い、引っかけのついた鉄の棒で、
シャッターの下、引っ張り穴に引っかけて閉めるのだ。
その棒と、ツバメの止まっている照明具との距離は、30センチとは離れていない。
棒を近づけても、ガラガラと音を立てて閉めても、ヤツは平然としている。
ある日のこと、わたしは家内にいった。
「あのツバメ、変だよ、慣れすぎている」と。そうしたら家内「あれ、きっとピーちゃんだよ」というのだ。
「えっ、まさか!」。「わたしがシャッター開けたときなんか、一度、向こうの電線まで飛んでいってしばらくピーチクやっているんだけど、
ウサギに餌をやっていると、わざわざ戻ってきて、わたしに話しかけるようにさえずるのよ」という。
シャッターの中には、ペットのウサギも2羽、家内が飼っている。
さらに、「去年だって、ピーはシャッターの中、観葉植物のベンジャミンの中にもぐり込んで寝ていたよ」。家内は、そうもいった。
それは、四年ほど前の夏のこと。
巣から落ちてしまった1羽のツバメの雛。まだ毛すら充分に生えきっていない。
その雛を、家内が夏休みで泊まりにきていた小学校4年の孫娘と一緒に、虫をとって食べさせたりした。
ときには、すぐ近所の、ガス屋さんの従業員に頼んでおいたハチの巣をもらったりして、その幼虫を与えたり、そうして育て上げ、大きくして放したのが、そのピーなのである。
虫を食べる小鳥にとっては、ハチの幼虫は栄養満点な餌だ。
ウグイスのような野鳥を餌付けするときには、絶対的な効果があることは、わたしも子供のときに何度も体験している。
このことは、家内の指導で孫娘の立派な夏休み観察日記の題材となり、上のような写真入りで、B5のノートに詳細が書かれた。
さて、その頃、わたしはまだ彼?がピーだとは信じていなかった。
余談だか、ここでピーのことを「彼」と、はっきりオスと断定したのではない。
かつて飼ったことのあるインコや文鳥、カナリヤ、ジュウシマツをはじめとする洋鳥、
それにウグイスやメジロなど、和鳥のオス・メスの判定は、わたしはほぼできる。
鳴き声やクチバシ、足の色つやや、オスなら喧嘩蹴爪用の有無など、体型から判断するのだ。
だが、ツバメまでは分からない。
ただ、鳴き声の高さや強さ、動作から、わたしは、ピーはオスだと勝手に思っていた。
鳥類には、「刷り込み」といって、生まれてすぐ目に入ったものを「親と認識する習性」があることもわたしは知っていた。
文鳥やインコを手乗りにするために、目の開かない雛から育てるのもそのためだ。
でも、相手は野鳥、渡り鳥のツバメである。
冬になれば、どこか東南アジアの暖かい国に渡り、また、春に帰ってくるわけだ。
しかし、日本に帰ったからといって、必ずしも、すそ野の我が家に、まっすぐ帰ってくるだろうか。
もっと、暖かな九州や四国でもいいだろうし、紀伊半島や渥美半島だって悪くないはずだ。
サケやハトのように、生まれた故郷に帰るという、それだけ強い「帰巣性」というものをツバメも持っているだろうか、という疑問もあった。
そんな考えもあって、当初、そのツバメがピーではない、とわたしは固く信じていた。
ところが、4月にもなると自然の摂理、徐々に日が長くなり、6時、5時半と、朝もだんだん早く、明るくなってくる。
5月にもなると、5時頃から空が白んでくる。
朝寝坊でもすると、シャッターの中で、ピーはチュッチュッと鳴き、狭い空間をバタバタとホバリングして飛んでいる。
早く、外に出してくれとせがむ始末だ。
不用心だが、とうとうシャッターの一枚だけ、50センチほどの出口を開けておくことにした。
5月の上旬、彼にもどうやら彼女?ができたようだ。
それからは、その連れ合いの彼女も、一緒に寝泊まりするようになった。
でも、彼女の方は、身近に近づいてくる長いシャッターの棒と、注意しながらゆっくり下ろしても、その大きな音に驚いて飛んで行ってしまう。
なぜか、可愛い息子の恋路の邪魔をするようで、こころが痛んだ。
さりとて当市も、近頃は変な外人もちらほら見るような世相に変わりはないが、それでも、一枚だけシャツターを閉めない日が幾日か続いた。
でも、結局、臆病で気の小さな彼女に、彼は振られてしまったようだ。
それからは一羽だけで、事務所のドアーのすぐ上、わたしがつくった止まり木で、ピーはいつも寂しそうに寝ていた。
間違いなく、彼はピーなのだ。
それほど、のばせば手が届くような場所に、普通のツバメなら止まることはないはずだ。
周囲には安全な止まるところはいっぱいある。
よりによって低くて小さい、そんなところに止まるヤツはいないはずだという理由からだ。
「そのうち、きっといい相手が見つかるさ」、そう思って念じるほかない。
それで、相変わらず一枚のシャッターの50センチは、ピーのためにわたしは閉めていない。
(写真は、おきまりの入り口・ドアーの上の止まり木にくつろぐピー)
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