第34回原宿句会
平成5年3月7日 千駄木山之内別邸

   
         谷根千春期吟行会
連歌師にして弁護士の前田蒼山さん、地元で老舗のおせんべ屋さんの若旦那、鈴木かずをさんのご案内で坂と文学散歩の吟行会

第一回句会


           東 人
梅東風や低き軒端の氏子札
かご文字のはねのかすれや春燈
はこべらや逢初稲荷ありし跡
円朝の墓に菜の花挿されけり
いせ辰を右手に緋寒桜かな
牡丹芽の茎立つ寺やこげら鳴く
団子坂上団子坂下春の雨

            利 孟
うららかや手刷り小紋のぽち袋
観音のゆるく膝曲げ花馬酔木
坂裏はなべて寺領や柳の芽
沙羅の芽や文豪の碑の猫の糞
谷向ふまでビルを埋め朧かな
洋樽を並べ三色菫かな
沙羅の芽や坂の中途に由来書

            英 樹
古井戸の束子の乾く梅日和
連歌師にして弁護士の黒き足袋
如月の金の仏を仰ぎけり
消火器の粉のこぼるる鳥曇
走り根の太き切り口涅槃西風
燈篭にシャベルの置かれ牡丹の芽
合掌の地蔵の濡るる春すだれ

            白 美
春昼の椅子の足切る漢かな
下谷逢初堀跡を歩けば
紅梅に仕立て札かけへびの道
戸袋の鏝絵鳳凰雁帰る
こでまりや唐桟縞を売る小店
リットルで売られる豆や春の風
いささかの憂き気持ちあり花樒
白辛夷和時計の告ぐ午の刻

            白 木
如月やガラスケースの江戸根付
牡丹の芽をとき放つ炎のかたち
佗助の花を数へてより無口
春陰や坂の途中の千代紙屋
右書の紺屋の屋号梅眞白
アパートの庭の茎立ちばかりかな
楽しまず倦まず樒の花なりけり

            ま こ と
仮睡仏下萌ゆる音聴き在す
碑ばかりの笠森おせん梅曇
梅ヶ香や菩薩垂下の御手のもと
借り申す古刹厠の欝金香
いせ辰の江戸千代紙の武者人形
鉄舟の墓に潔白椿侍す
なんとまあ沈丁ばかり根津屋並

            希 覯 子
嬰の掌に似て牡丹の芽ぐみけり
花夷辛小学校は無人なる
鉄舟の墓に供花なし牡丹の芽
樒咲く鉄舟の墓供花もなく
阿仙の碑春信の碑春の供花
団子坂登りつめたる遊蝶花
沈丁や方便の嘘言許されよ

            千 恵 子
この先は上野の山よ春の雲
路地曲がる度に沈丁匂ひけり
玄関にパンジー育て路地暮し
朝日湯といふ湯屋ありて春の空
ツンツンと芽吹く牡丹や無縁墓
恋猫や庭掃く僧はうつむきに
若死の陸軍少佐白椿
第二句会(袋回し)
東人・剣 利孟・成 白美・収監 希覯子・奇行 千恵子・丸 白木・欠目 英樹・塗料


            東 人
角に置く石に塗料や朧の夜
額堂の不動の剣春の月
地に丸きものの少なし春の月
霾るや青年国を捨てるころ
草餅や奇行の果の墓の主
春昼や欠目見落す観戦子
収監の後のためらひ春の風邪

            利 孟
明王が破邪の剣や忘れ霜
康成が題字の碑文夷辛の芽
弾丸に当てるノギスや春の風邪
楽劇に奇行の騎士や万愚節
舶来のコートを被り収監らる
袖ぐりの欠目数へて毛糸編む
青一滴白の塗料に花曇

            英 樹
連歌師の下駄の欠目や春の風
収監の少年の眉利休の忌
龍と成る飛車の駒打つ春の暮
板塀の塗料の匂ふ鳥曇
朧夜の奇行の人と歩みけり
囀や本丸にある鬼瓦
花曇大極拳の剣鳴り

            白 木
手遊びの轆轤の土の雛と成り
春月のそろりそろりと奇行癖
石畳石の欠目のいぬふぐり
奉納の剣の舞や月朧
朧夜の掌に丸薬の三粒かな
収監の報春の夜を騒がせり
並べらる塗料の缶に春の色

            白 美
熊楠の奇行を語り蒸鰈
丸ぽちゃの幇間墓や沈丁花
剣なき守りの明王春の鹿
二輪車に蛍光塗料や春の闇
副総理老いの収監更紗木瓜
冴え返り欠目なきひと小言言ひ
成という皇女もありて蕗のとう

            希 覯 子
パンジーや塗料売る店白づくめ
春愁や短き剣佩きし時期
春宵や金丸老の収監報
沈丁や欠目に勝負また決まる
春句会選句に丸を重ねけり
絵馬に書く大願成就梅日和
春の月奇行と言わる仕草して

            千 恵 子
収監の報せ届くや春疾風
農具市塗料剥げたる耕運機
剣持ちて舞ふ人のあり夜の桜
口に触れる盃の欠目や春の闇
成り行きにまかせて傍観春寒し
丸窓の古き家あり谷中路
奇行多き人の訃報や春浅し