第44回原宿句会
平成5年9月25・6日 蓼科ブライトン倶楽部

   
第一句会 嘱目3句
第二句会 袋回し
第三句会 席題
第四句会 嘱目10句


            東 人
秀麗を一枚に溜め大硝子
尾で探る石の温みや赤蜻蛉
憩ひてふ踊る彫刻草紅葉
  ◆  ◆ ◆
秋冷やチェスの馬頭のキーホルダー
白灯や霧のホテルの鍵の音
寄進札嵌めて一礼蔦紅葉
ポケットにねぢ込む零余子登山道
蓼科の奥に錦木紅葉かな
ナプキンの絹の刺繍や秋灯下
肘掛けの細き椅子なり芋茎喰ふ
コスモスや停めて聴きゐるカーラジオ
ときをりは捨てるミルクや鳥兜
  ◆  ◆ ◆
止め椀の松茸を褒め酒をほめ
新涼やつぎ足して塗る部屋の壁
揺れやまぬ湖の陽を浴び稲実る
草の実や向き変へてゐる湖の風
標高を記すロッジや山粧ふ
  ◆  ◆ ◆
木の葉散るごとくに番ひ秋の蝶
花了へて茎くれなゐの野芥子かな
金色の鳶の風見や秋高し
風が落とす芝の葉先の露の玉
湖廻る低き山より威銃
露けしや藍の失せたるタピストリー
秋入日湖面の皺は太古より
朝露を拭へば卓の汚れかな
山道を曲がれば花野花野かな
山ひとつ濡らして登る朝の霧

            利 孟
風が持ち来て撒き散らす赤とんぼ
土厚く剥ぐ石採り場秋薊
地を払ふポニーの尻尾秋の風
  ◆  ◆ ◆
湿原へ下る木道吾亦紅
穂芒や木の壁厚き音楽堂
背を合はせ座る木の椅子秋麗
ミッキーの耳立つ帽子秋桜
秋風に乾く木の椅子ミルクティー
「とれたての牛乳」の札ななかまど
蓼科の裾の曇れる夕焼かな
右左とも頂上へ登山道
雲抜けるラジオゾンデや秋桜
  ◆  ◆ ◆
靴下の草の実一つづつむしる
角曲る度に飛び立ち稲雀
人の乗る凧飛び上がる山粧ふ
松茸の向きはてんでにくるまるる
新涼や油で拭かる板廊下
  ◆  ◆ ◆
揺り椅子に置く飾り鞍小鳥来る
七つ八つ百名山の見えて月
番ひしは湖へと下る赤とんぼ
御岳は頂上持たず大待宵
火の粉除け置かる暖炉の樺の薪
振り返り前見ては鳴き河原鶸
高き名の山の現るるや湖は霧
秋燕の急くこともなく虫を追ふ
朝露のゆがみペンキのサンチェアー
木の椅子の端で動かず秋の蜂

            杜 子
木の橋に来て歩をとどむ花野かな
白樺の梢に雲のある九月
吾亦紅にまた赤とんぼ奥信濃
  ◆  ◆ ◆
ななかまど目印に降る登山道
草紅葉濃くなるあたり水の音
蓼科やホテルの瓶のななかまど
上よりも下まさりたる草紅葉
長椅子で句稿したたむ秋灯し
いとど下げ無人改札通りけり
鳥渡る貸し金庫のキー見失ふ
露けしやミルクたっぷりカフェ・オーレ
秋桜やラジオをつけて高速道
  ◆  ◆ ◆
ほの暗し松茸の卓囲みゐて
草の実に滝の飛沫や奥信濃
山粧ふホテルの部屋の狩猟絵図
松茸や織部の皿に杉の箸
新涼や室内履きの布の靴
新涼や千代紙で折る嫁御寮
稲の香や湖二つ越え山に入る
  ◆  ◆ ◆
白樺の動く木洩れ陽秋思かな
金色の風見の天使秋気澄む
さわやかや山に向かひて朝の粥
空いっぱい蜻蛉群れ舞ふ信濃かな
石庭の色無き風に吹かれけり
木の卓に木の椅子深くとろろ飯
石組みの「心」の文字や秋気澄む
コスモスや乳牛囲む人の子等
向日葵に秋冷いたる山路かな

            英 樹
持てば鳴く玩具の鳥や秋の暮
コスモスや百葉箱に小さき鍵
秋晴れやリフト乗り場の風速計
  ◆  ◆ ◆
踊り場を椅子として座し秋燈
雁渡し桟橋ぎわのラジオ局
秋燈や印鑑も置くキーセンター
行く秋やインド料理にミルクティー
白樺の洩れ日を浴びし登山道
札止めの中華料理や秋暑し
鰯雲茅野で山下清展
コスモスや音声時計耳にあて
蓼科のビーナスライン秋の暮
  ◆  ◆ ◆
豊作の松茸並ぶ小店かな
山裾に白雲の湧く稲の秋
新涼の浮き桟橋に釣りの人
草の實や日を照り返す白樺湖
礼奏のパイプオルガン山粧ふ
  ◆  ◆ ◆
長き夜のソファーに繭のごと眠る
秋深し廊下に鳥の細密画
えんぴつを爪で削って野菊晴れ
歳時記の表紙の剥がれ馬肥ゆる
九月尽ホテルの部屋にある二階
秋晴れや繁殖野鳥目録図
薬草の熱き朝湯や黄落す
貞淑な妻に戻る日鳥兜
燈火親し両手で閉めるテレビの扉

            千 恵 子
木道の消えゆくあたり櫨紅葉
ゴンドラの太きロープや秋光る
蓼科の山おおどかに湖の秋
  ◆  ◆ ◆
隣り家のラジオの時報秋の暮
先行きし人の煙草火登山道
秋光や差し込むキーの鈍き色
蓼科の原は秋色照り曇り
脚折れの椅子捨てられて里の秋
音といふ音吸ひ込んで秋深む
コスモスや牛なき牧のミルク売り
眼の下に秋景一望昼餉終ふ
秋浅しなじみの町名千社札
  ◆  ◆ ◆
ついて来し草の実一つ旅疲れ
新涼やソナタ流れる山ホテル
初物の松茸くきくき旅の宿
倒れ伏す稲田に風の跡激し
若き等のら抜き言葉や山粧ふ
  ◆  ◆ ◆
木タイルの小さき年輪草紅葉
木道の乾ける朝や小鳥来る
むき丸太のままの鳥居や秋の風
昨日より今朝色増して櫨紅葉
アルプスを屋根に秋澄む茅野平
槍穂高指呼する人や秋高し
大き滝小さき滝あり秋半
王滝の見える東屋秋麗
陽の差せる林に声して秋高し
松虫草母の少女期ベレー帽

            京 子
頬寄せる道祖の神あり秋暑し
九十九折出会ひがしらの秋桜
山里で初物喰らふさんま刺
  ◆  ◆ ◆
台風の迷走告げるカーラジオ
登山道峰々越えて雁渡る
下山道息整へて紅あざみ
札止めの相撲景気や秋の暮
寝入る子のミルクの香り秋の声
残照や蓼科湖畔ななかまど
文化の日車椅子押す妻の功
音絶えて八島湿原姫しおん
黒光りぶどうの彫刻キーホルダー
  ◆  ◆ ◆
草の実を人の背に見る野の小径
松茸の香を取り篭めて志野の鉢
ごぜ唄の川面に流れ山粧ふ
稲実る単身赴任の明ける頃
新涼や山の霊気につつまれし
  ◆  ◆ ◆
秋の蝶休めし翅の紋所
萱刈るとふ大草原に秋の雲
きつつきの明けし丸穴東司の扉
秋の蚊の忍び寄る音に振り返る
下山道くさりを頼り藤袴
秋空や明朝体の由来書
秋桜色さまざまに形もまた
すすきの穂若々しきも闌けたるも
石はぜの信楽の盤ななかまど
藤袴穂高を望む西斜面

            白 美
モンローのポスター剥がれ秋の雲
吾亦紅千年の重さ石の層
雲影とたはむれてゐる秋野かな
  ◆  ◆ ◆
蓼科の夜は暗くして茸飯
赤とんぼ戸口に置かるミルク缶
穂芒やハイウェイラジオ音高し
立て札の字のかすれをり秋の空
両腕に椅子を抱へて秋祭
囚はれの鈴虫の音や地下の駅
ヒール欠く靴を捨て去り登山道
秋高し師を呼ぶ宿を下調べ
鍵束に見知らぬキーや烏頭
  ◆  ◆ ◆
ガードレールにはかに稲の干す所
手に持ちし即席カメラ山粧ふ
新涼や推理小説ばかり買ふ
松茸の京で購ふ土瓶かな
草の実や掌染める赤き汁
  ◆  ◆ ◆
照紅葉一条の滝隠しをり
台なる木曽御岳や秋の空
照紅葉急いで洗ふ朝の顔
穂芒や賽銭の音響きをり
六角の屋根の東屋白樺
幹細い丸太の鳥居藤袴
扇状に滝ひろがりて吾亦紅
ペンションの建ち並びをりななかまど
中将の像の頭に赤とんぼ

            健 次
苔の中背伸びしてゐる秋薊
黄葉の白樺の幹空にあり
黄落の木道を歩む植物園
  ◆  ◆ ◆
盂蘭盆会子はミルク飲み合掌す
威銃札をゆるがす社の田
虫売りの声の流れるラジオかな
キー開けて新酒飲み干す句会かな
黄葉を頭から浴び登山道
音聞こゆ一人入りたる秋の山
椅子もたれ鹿笛を聞く深山かな
蓼科に酔ひつぶれたり星月夜
団栗を下に眺むるゴンドラや
  ◆  ◆ ◆
誘われ草の実つける河原かな
新涼や袖をおろして散策す
土瓶蒸し松茸の香に女一人
土を掘り刷毛で見つけし稲の種
何気なく出掛けし休み山粧ふ
  ◆  ◆ ◆
原始林歩みとともに秋の声
そぞろ寒梢を揺らす鳥数羽
窓開くと黄葉朝日に輝ける
松毬の数数えたり秋の空
秋爽か眼下の滝の白さかな
黄落やただただ白き幹の肌
紙破り姿現すりんごの実

            翁 莞
木柵に一つ残れる赤蜻蛉
紫の花のみ立つや秋の野辺
沢音に残菊の群揺れてをり
  ◆  ◆ ◆
しぼりたてミルクの村の秋祭り
蓼科の秋の夜長の句会かな
瀧音の遠く近くと秋の道
下げ止る宿に笑顔の迎え秋
秋初の訓練ラジオ大声に
初月給新しき札の手にふるる
登山道上衣かけたる秋の暮
百合香るドアーのキー外に立ち
椅子にかけ旅の夜風や暮の秋
  ◆  ◆ ◆
手伝ひの多勢となりて稲の秋
新涼や山荘に灯のぽつぽつと
漁火の疎らに散りて秋涼し
暮るる日に稲掛け急ぐ父の声
草の実に小鳥舞ひ来る雨上り
  ◆  ◆ ◆
草原を二手に分けし夕野分
行く秋の回廊に見る鳥図鑑
ベランダに無作の時間秋惜しむ
冷やかに陽差しもれ来る松の中
テーブルの一輪差に菊香り
夕速く旅空を見る九月尽
句作練る無言の部屋の夜長かな
虫声も跡絶えて長き山の部屋
秋光をひたひた受くる池の水
毬栗を蹴っ飛ばす子らの声笑ひ